42.神を野放しでいいんですか

 山のように買い占めたチョコレートも、ドラゴンが食べればすぐ尽きてしまう。アクラシエルも自分だけで食べればいいものを、自慢げに周囲へ分け与えた。


「美味しいぞ」


 同族の心の傷と忙しさを、笑顔とチョコレートで労う。まだ幼竜のアクラシエルはともかく、ドラゴンとは口も体も胃も大きい種族だ。当然食べる量も多かった。パクパクと皆が食べた結果、ナベルスが保管していたチョコレートは尽きる。


 わずか半日足らずの出来事だった。ショックを受ける主君に、アザゼルは満面の笑みで囁いた。


「また購入すれば良いのです。こんな小さなサファイアの欠片で、あの量が買えるのですよ? これを砕けば大量に買えるでしょう」


 以前、竜王の遺体の頭部分になり損ねたサファイアの塊が出てくる。アクラシエルは目を輝かせた。この大きさなら、近くの一番大きな山くらいのチョコレートが買えそうだ。凍らせる魔法はもう少ししたら使えるから、自分で保管も可能だった。


 うきうきしながら、チョコレートの買い出しに……向かおうとして止められた。


「我が君、まだ幼すぎます」


「その通りだ。うっかり勇者に出会ったら……ああ、そうだった。もう女神の剣は取り上げたんだっけ」


 思い出したナベルスが剣を包んだ氷を取り出す。魔王に相談した時より、やや小さくなっていた。氷が溶けたというより、単純に大きすぎて持ちづらいので削られたのだ。ナベルスの爪にジャストフィットの絶妙なサイズだった。


「見覚えがあるような……」


「陛下の首を落とした剣です」


「ああ、あれか!」


 アクラシエルは大きく頷く。幼体は頭と体のバランスが悪く、まだ二頭身に近いバランスだ。頭を縦に揺らしたことで、前に顔から着地した。霊力で体を保護しているので痛くはないが、かなりカッコ悪い。本人も自覚があるのか、すぐ身を起こして取り繕った。


「剣はどうするんだ?」


 誤魔化してる……誰もがそう思ったが、指摘はしなかった。


「なんでも切れるが売り文句ならば、女神に返してやりましょう」


 胸に突き刺す形で! アザゼルの提案は僅差で過半数割れした。残念ながら却下である。代わりに今度はベレトが声を上げた。


「陛下が取り込んでみては?」


 女神の力であれば、何かしらの恩恵があるかもしれない。この案は大ブーイングだった。高貴なる竜族の身に、あの駄目神の創造物を混ぜるなんて! そう反対された。余談だが「駄目神」と「駄女神」は同じ発音である。叫ぶドラゴン達が、どちらの意味で叫んだのかは不明のまま。


「そもそも……神とやらを野放しにしていいんですか?」


 物騒な質問をしたのは、若い雄ドラゴンだった。鱗の色からして水竜だろう。彼の一言に、大人達はぴたりと動きを止めた。


「そうでした、奴らを滅ぼさなくてはなりません」


 アザゼルの宣言に、わっと歓声が上がった。足を踏み鳴らし、興奮してじたばた暴れる。地震と噴火、崖崩れなど……災害が頻発する人族の苦労を知らず、ドラゴン達は「神退治」に賛同した。竜王アクラシエルを除いて。

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