16.勇者一行は遅いな、待てない!
結論から言えば、魔王ゲーデと側近バアルは遅刻しなかった。銀竜の遺体は氷漬けにされ、きちんと保管されている。その氷の中で、首はちゃんと胴体に付けてあった。一度崩れた遺体を再構築した復元品だ。ちまちまと小竜総出で砂になった遺体をかき集めた甲斐があったというもの。
アザゼルが泣きながら霊力で支え、ナベルスが凍らせたのだ。その際一緒に凍ったアザゼルの指先が、氷の標本の中に残されていた。
「バアル、あの指が欲しい」
「……無理ですね。ナベルス様の氷を砕くのは、ゲーデ様でも不可能です」
「なんとかならんか」
「っ……わかりました。ナベルス様にお願いしてみましょう」
うるうると赤い瞳を潤ませてお願いポーズを取られ、バアルは折れた。幼い外見を生かし、ずるい戦法を選ぶ魔王である。現時点で五十四回挑戦し、全勝の成績を収めていた。
「そうそう。ベレト様からの情報です。勇者の持つ剣は女神が作った物で、あのアクラシエル様の鱗をも切り裂きました。危険なので、触らないようにと」
「承知した。つまりは、剣を抜かせなければ良い」
大人びた傲慢な口調でにやりと笑うが、姿形は幼女だ。口調も態度も似合わなかった。さきほどのお願いポーズの方が、しっくりくる。そんな感想を呑み込み、バアルは背の羽を畳んだ。
「ところで勇者一行は遅いな」
ゲーデは待たされるのが嫌いだ。そう宣言して周囲を従わせる地位にいるから、余計に我慢ができない。イライラする彼女を横目に、バアルは魔法で空中に鏡を作り出した。勇者一行を目撃した魔族から情報を送ってもらうのだ。投影すれば、リアル中継可能だった。
「……ここは、まだ随分と」
「全然進んでおらんではないか!」
勇者一行の背景は、まだ人族の領域だった。ここから数日かけて、魔王領に入る。その奥に竜族の祠や巣穴があった。
そう、前回の討伐で勇者達は魔王領を通過してしまったのだ。魔王城に気づかず、そのまま突き進んだ結果……奥で微睡む銀竜アクラシエルを攻撃した。
「剣士もおりませんし、三人では前回より時間がかかりそうです」
バアルの淡々とした指摘に、ゲーデは黒いドレスで地団駄を踏んだ。
「そんなに待てない!」
「じゃあ、連れてきますか?」
「それも腹立たしい」
乙女心は複雑なのだ、と意味不明の理論を展開された。バアルは「二千百とんで一歳の乙女ですか」と吐き出しかけて、ぐっと堪えた。命が危ない。二百年ほど前、別の魔族が年齢を指摘して消されたのだ。
「我が侭を仰らないでください」
曖昧に注意するに留めた。ゲーデはにやりと笑い「私は我が侭が許される地位にいるのだ」とぺたんこの胸を張る。腰に手を当てて高笑いする主君を前に、バアルは転職先でも探そうと現実逃避した。
問題だらけのようだが、魔王としてゲーテは有能だ。バアルもそれは認めているし、補佐することに不満はない。ただ時々……自分が選択を間違えたような気がするだけ。
「バアル、良い手を考えた!」
また騒動の種を発見したのですか。そう思いながらも、主君の無理を叶え、我が侭を通すのは自分の役目と知っている。苦労性のバアルは、同じ立場のアザゼルを脳裏に浮かべながら、主君の「良い手」に耳を傾けた。
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