15.てんやわんやの大騒ぎ

 シエルの父モーリスが、息子のためにチョコレート探しに奔走している頃……アザゼルは盛大に溶かしたチョコレートの香りに辟易していた。甘いものが嫌いではないが、洞窟中に匂いが立ち込めるとなれば話は別だ。イラっとして、洞窟の岩を砕いて敷き詰めた。


 匂いはこれでかなりマシになる。ほっとしたアザゼルは、先日開けた横穴を眺め、反対側を尻尾で叩いた。こちらにも穴を開ければ、風通しが良くなる。単純に考えたのだが……世の中はそう簡単ではない。


 山の頂上付近、中が空洞になっている状況で壁を抜いたら……崩れるのだ。がらがらと洞窟ごと埋まってしまい、アザゼルは大きく肩を落とした。お気に入りの住処が一つ、ペシャンコになった。


「全部勇者のせいです」


 唸るように吐き捨て、埋もれた小竜達を掘り起こす。ドラゴン種は基本丈夫なので、生き埋めになっても数十年は平気だ。ひょいっと岩を蹴飛ばし、全員の無事を確認した。


「15匹でしたね」


 小竜の頃は匹で数え、大きくなると頭で数える。埋まってしまった宝を掘り起こす小竜とアザゼルの上を、バアルは魔王を抱えて飛んでいた。


「山の形が変わったようじゃ」


「おや、アザゼル様が癇癪でも起こされたのでしょうか」


 バアルは先ほどまで暑さに耐えていた洞窟の崩壊に、目を見開く。背に生えた蝙蝠の羽を羽ばたかせ、そのまま通過した。


「アザゼル様にご挨拶を!」


「やめてください、魔王様。いまはご機嫌が悪そうです」


「……では帰りに寄ろう」


「はい、お土産も用意しましょうか」


 人族と交流するバアルは世慣れている。上位者を訪ねるなら、手土産が必要だと口にした。魔王ゲーデは素直に頷く。


 ツノのある魔族に抱えられる魔王は、どこからどう見ても誘拐途中の幼女だった。赤いリボンで黒い髪を結び、黒いドレスを着ている。黙っていれば人形のようだ。整った顔立ちだが、額に立派なツノがあった。中央に一つ、けれど両側にコブがある。まだ生えてきそうな雰囲気があった。


 魔王と側近が向かっているのは、アクラシエルの寝床だ。巨大な銀竜の首が落とされた因縁の洞窟だった。そこに勇者が向かっている情報を得て、大急ぎで移動中なのだ。


 勇者がアクラシエルの首を狙うなら、そこを返り討ちにしてくれる! 魔王ゲーデは息巻いていた。幼女姿なので迫力は皆無だが、それなりに魔力はある。魔法で勇者を撃退も可能だった。


「さて、洞窟の宝はまとめて移動させます。掘るのをやめて、こちらへ」


 別の火山に引っ越すと宣言され、小竜達はよちよちと駆け寄った。回収した宝石や金貨を抱えて、必死で走ってくる。全員いるのを確認し、もう一つの火山へ飛んだ。


 山の瓦礫に埋もれた宝石も、霊力で特定して移動させる。その直後、噴火口を瓦礫で覆われた山は大爆発を引き起こした。噴火の余韻は地震や噴石となって、遠くの街まで影響を及ぼす。山の斜面は真っ赤に染まった。


 大惨事を引き起こした自覚のないアザゼルは「今日は揺れますね」と呟いて、洞窟に移動させた宝石のチェックを始める。不足はなさそうだ。小竜達も、気に入った洞窟に宝を運び込んだ。


 後ろの噴火に気づいたゲーデは、幼い顔を両手で覆った。


「大変じゃ、アザゼル様が燃えてしまう!!」


「火竜は燃えません。マグマ浴するんですから」


 慌てふためく主君を宥めながら、バアルは先を急いだ。このままでは、勇者に出遅れてしまう。遅刻は避けたかった。

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