14.チョコレートは熱に弱い

 バアルは困惑していた。魔族でも上位種である吸血鬼の長として、常に冷静沈着を心がけている。魔王の片腕と呼ばれる実力者は、目の前の茶色い塊に項垂れた。


「これは何ですか。ドロドロではありませんか」


 不良品でしょうと指摘するアザゼルは、火竜の一種だ。黒い鱗を持つ彼は、ほぼすべての属性を使いこなす。しかし本質は火竜であり、熱い洞窟を好んで暮らしていた。


 チョコレートは熱に弱い。人族の手のひらの体温で溶けるほどに、その融点は低かった。初めてチョコレートを見るアザゼルがそんな話を知るはずもなく、この場に並べろと言い張った結果だ。


「だから、ここではちょっと……と言ったではないですか」


 バアルががくりと肩を落とす。甘い香りが周囲に漂い、小竜達がそわそわしている。茶色いシミになったチョコレートと、養い親でもあるアザゼルの顔を交互に見つめた。


「いいですよ」


 自分が幼い頃、アクラシエルが甘い果物を採ってきてくれたことがある。体内の熱を調整できず、ぐったりしていた時だ。あの記憶が蘇り、幼い小竜に「だめです」と言えなくなったのだ。


 近づいて小さな手を伸ばし、恐る恐る掬う小竜が、ぺろりと手を舐めた。目を丸くして見開き、美味しいと叫ぶ。甘い香りに釣られ、ほぼ全員が両手をチョコまみれにして食べ始めた。


「不良品ではないようですね」


 複雑な心境で呟くアザゼル。この状況に陥った原因は彼にあった。


 竜王がいる街とは知らず、王城がある大都市でバアルはチョコレートを購入した。換金したサファイアは一粒で足りて、残りはお釣りとして運んでくる。魔法で収納したチョコレートを、別の場所に納品しようとしたのだが……。


 どうしても目の前で見たいと強請られて箱を取り出す。小さい箱に満足しないアザゼルの言うまま、チョコレートを積み重ねた。結果として、溶けたチョコレートのシミが出来上がる。


 アクラシエルが一粒でいいから食べたいと願う菓子が、アザゼルの足元でベタベタと溶けていた。沸騰するチョコレートを、我先にと小竜が口に運ぶ。ここで預かる幼子はすべて火竜なので、火傷の心配がないのは幸いだった。


「我が君はなぜこれを所望したのでしょうか」


 唸るアザゼルをよそに、バアルは額の汗を拭う。暑いのも寒いのも得意ではない。暑いを通り越し、熱い洞窟で溜め息を吐いた。


「あの……残りは予定通り、冷たい洞窟に保管していただきたいんですが」


 購入した品と預かったお釣りを渡して、ようやくお使い終了だ。魔王陛下に「お前はお使いすら出来んのか」と叱られる事態は避けたい。


「では、ナベルスが使用していた洞窟がいいでしょう」


 水竜で氷竜の彼なら、溶かさずに保管できると聞いて一安心する。主君に献上する前にすべて床のシミにするわけにいかない。お釣りを受け取り、不要な金貨は小竜達に分け与えた。


「ああ、これはお駄賃です」


 主君探しをした小竜だけでなく、チョコレート購入に尽力したバアルにもサファイアを渡した。お釣りの欠片をそのまま提供する。深い意味はなかったが、魔族にとってサファイアは特別な宝石だった。感激したバアルは、すぐさま魔王の元へ献上しに飛ぶ。


「これは上質だ……竜王陛下のご期待に応えるため、勇者どもを血祭りにあげてくれる!」


 気合いの入った魔王は、小さな手を上に振り上げた。

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