グラデーション

CHOPI

グラデーション

 残暑が厳しいとはいえ、もうすっかり秋の空気になった。吹く風も熱風では無く、どこかカラッとしているように感じられる。見上げた空、浮かぶ雲も随分と薄くなったものだ。


 空から視線を落とすと、その目の前を一対のトンボが飛んで行った。もうそんな時期なのか、と思わずにはいられない。


「おーい!」

 向こうから誰かを呼ぶ声が聞こえた。視線をそちらに向けると、袖の無い白いプルオーバーパーカー、下は深い色のデニムをはいた、小麦肌の少年と青年の間の年齢くらいの子が居た。自分の知り合いでは無いので、恐らく他の誰かに声をかけたのだろう。


 その目測はどうやら当たっていて、自分のいる位置の少し後ろに離れたところで、長い黒髪のキレイな色白の子が小さく手を振っていた。バーガンディ色のノースリーブのワンピースに、薄いレースのカーディガンを羽織っていて、華奢な肩によく似合っていた。可愛らしいカゴのバックの麦色がアクセントになっている。


「ごめん、待たせた?」

「全然。私も今来たとこ」

「そう? そしたら、行こうか」

「うん!」


 その二人の、少し初々しい様子が微笑ましくて、思わず自分の口元が緩むのを感じる。その場から去っていく二人の背中を見送りながら、自分もいつかの日を思い出して小さく息をついた。と、


 ――ガシッ……

 なにが起きたのか、一瞬頭が追い付かない。数秒の後、どうやら突然、頭を後ろから鷲掴みにされたのだと気が付いた。なんで気が付けたか、その理由は一つしかなくて――……


「待たせた、わりぃ」

 聞きなれた声が、自分の鼓膜を震わせたからだ。


 ……まったく、コイツは。もっと普通に、『ごめん』って言えないんだろうか。めっちゃびっくりしたんだが? 『親しき中にも礼儀あり』って言葉、知らんのか!? っていうか、せっかく髪型だって、ちゃんと整えてきてるのに。何してくれんだよ。


 さっきの知らない二人の様子が頭に浮かんで、いつかの夏の日の自分たちと重なった数秒前が嘘みたいだ。頭の上に置かれた手を、自分の両手で上から押さえつけて逃げられないよう固定する。そうして、捕まえた相手の腕を視線でたどって、その先に見えた相手の顔を睨みつける。


『よし。行こう!』


 直前まで昔を振り返っていたせいだろうか。懐かしい、今よりも少しだけ幼い面影が重なって、白い光の中に解けて消えた。


 いつからこんな、無遠慮な関係になったんだろう。なんて思う。


 だけど。悔しいけど。頭の上に感じる手の温度に、聞こえる声に、安心している自分もいたりして。

 

「やだ。許さない」

「は?」

「デザート奢りね」

「……太るぞ」

「うるさい」


 重ねる季節が増えるたび、自分たちの関係は少しずつ変わっていったけど。隣にいる、それだけは何故か、変わらなかった。


「……行くか」

「うん」


 先ほど見上げた空と反対側。そこには、後ろ髪を引かれた夏の残した、入道雲が広がっていた。

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