第5話
授業が始まろうとしてもなお離れようとしなかった玲美をなんとか引き離し、自分の席に座ってもらうことに成功した。
だが、頰をぷくっと膨らませて不満げな顔を授業中にずっとしていた。
「なぁなぁ優介、今日の眠り姫なんかおかしくねぇか?」
授業中、友人である
「まぁ……そうだな」
「起きながら登校して
「こっわ。その考えに行くお前。誕プレは藁人形あげるよ」
「ガチでいらねぇ。どうせならプロテインくれ」
「残念ながらプロテイン買う暇はない」
「藁人形買う暇もねぇだろ。ってかどこで買うんだ」
「……ドン○ホーテ?」
「なんでもあるからなぁかあそこ……」
そんな話をしていたら、「そこ静かに!」と先生から怒られてしまった。
その後、チラッと玲美の様子を見たが、眠気が限界を迎えたらしく、机にうなだれてスヤスヤと眠る姿が確認された。
結局4時間目が終わるまで目を覚まさなかった。
「ゆーすけー。ごはーん」
「はいはい。じゃ、給餌してくる」
「おう、いってら〜」
起床した玲美に呼ばれたので、彼女がいる席に移動する。
寝ぼけ眼の紅の目でじっと見つめられるが、俺の顔に何か付いているのだろうか。そんな事ん思っていたら、ニコッと少し笑って見せていた。
「え、なんかついてる?」
「んー、ゆーすけがついてる」
「……俺は俺だからな。逆に俺じゃないのかついてたらやばいだろ」
「それもそう」
いつも通り、玲美の前の席に座って返答を広げ、箸で小さな口に次々と放り込んで行く。
「んむんむ……。ねぇ、ゆーすけ」
「なんだ?」
「私にご飯食べさせてる時って、どんな気持ちでやってる?」
「え、そうだなぁ。強いて言うなら……〝無〟かなぁ……」
「むぅ」
何やら不満げなご様子だが、れっきとした事実だ。何年も餌やりの関係を築いていれば、慣れるのも必然的。もはや何も感じないのである。
ご飯だけでなく、日常生活の全てがほぼ作業と化しており、玲美には悪いがもはや何もお前に抱く感情はない。
「じゃ、じゃあ交代……。私がゆーすけにご飯あげる……!」
「は!? な、なんでだ……」
「ゆ、ゆーすけは最近ありがたみを忘れている! 私の飯が食えぬか」
「いや、それ俺が作った弁当なんだが……」
いきなり昔の人みたいな口調になる玲美に圧倒され、箸で摘まれた卵焼きが俺の口に迫る。
しかし、めんどくさがり屋のこいつが、いきなり俺に飯を食わそうという思考になったのかがまったくもってわからない。
変なものでもいれちまったかな……?
「ん……! さっさと食え……!」
少し顔を赤らめながら、プルプルと箸を震わせて卵焼きを唇に押し付ける。いつもと違う玲美に俺は少しドキドキしながら、その卵焼きを食した。
基本的にしょっぱい味の卵焼きが好きな派なのだが、なぜこの時の卵焼きは甘く感じたのはなぜだろうか。
「どお」
「な、なんか……ドキドキした」
「ふふ、そっか」
「ちょ、玲美!!?」
満足気な顔をしたかと思うと、席を立って再び座る。しかし座ったのは椅子ではなく、俺の膝の上だった。
代謝が良い玲美はポカポカしていて、お日様の香りがふわっと鼻をくすぐる。
「ご飯、続行」
「こ、この状態でか!? み、みんな見てるって玲美!」
「見せつけてるもん」
「なんで!」
「……い、言いたくない……」
ぷいっとそっぽを向く怜美だが、耳が赤くなっているのを見逃さなかった。
おそらくなんかしらの思惑があるのだろうが、今の俺にそれを察せるほどの能力はないので諦めることにした。
「あ、あーん……」
「んぁん。ふふっ、えへへ♡」
右手で箸を持ち、左手で料理がこぼれないように添えているため、抱きしめる直前みたいな形となっている。
くそっ、さっき玲美にあーんされてからというもの、埃をかぶって埋もれていた初々しい気持ちが掘り返されたようだ。なんか恥ずかしい、緊張する。
玲美は笑みをこぼしながらご飯を食べているが、俺は周囲の目などで気が気ではなかった。
(なんかイチャイチャしとる……)
(二人の距離は変わんないけど、湿度上がってね!?)
(二人羽織か……?)
(てぇてぇ!)
(見守り隊を結成する良い機会かもな)
(今度水筒にブラックコーヒー入れるか)
様子がおかしい玲美も、時間が経ったら元に戻るだろうとこの時の俺は思っていた。
しかし、ここからさらにエスカレートしていくなんて、思いもしなかった。
[あとがき]
まだまだ玲美はエスカレートさせていきたいですね〜。
マンネリと化してる優介を、今度は怜美がわからせるのだ。
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