第271話 静かなる浸蝕

ショウゾウがC級ダンジョン≪悪神の嘆き≫の単独攻略に要した時間は、わずか半日ほど。


レイザーたちが先行して攻略し、その内部情報を書き記したマップを参考にできたという恵まれた条件ということもあったが、そのことを考慮に入れてもこれは尋常ではない速さであったらしい。

攻略を報告した際に、フェイルードたちが目を丸くしていた。


もはやショウゾウにとって、中堅以下の迷宮は何の障害でもなく、ただ機械的にこなすだけの容易なタスクに過ぎなかった。


スキル≪オールドマン≫の≪広範囲吸精ジェノサイド≫を常時発動させ、地図に記された道順を辿る。

仕掛けられている罠なども、その道の先生であると仰ぐレイザーの指導通り行えば、難しいことは何もない。


おそらくこれまでに殺して奪った他者の才能の中に、こうした作業に向くスキルなどがあったのかもしれないが、手先の器用さは元の世界にいた時とは段違いに向上していて、鍵開けや罠の解除についてはその習得が早かった。


レイザーに言わせると、本職の斥候せっこうも真っ青だという事らしいが、これはただのお世辞であろう。

レイザーやフェイルードの技量と比べれば、客観的に見てもまだ遠く及ばない。


ショウゾウは、身近にいるこの最高のお手本たちに頭を下げ、積極的に教えを乞うことを惜しまなかったのだが、それには理由があった。


ショウゾウが迷宮攻略に関して、最も恐れていたのは、こうしたダンジョンの仕掛けやトラップの類であった。

その身に蓄えた膨大な生気エナジーにより、ほぼ不死身と言ってもいいショウゾウではあったが、行動不能に陥った状況で閉じ込められたり、即死になるような大怪我を負わされたまま脱出不可能な空間に追いやられるなど、いくつか困ったことになりそうなケースを想定して、細心の注意と警戒を払っていたのだが、その克服にも余念が無かったのである。


この迷宮の守護者たるボスモンスターも力押しで屈服させることに何の問題も生じないほどのレベルであった。


聖光付与サクリス≫を纏わせた≪主君殺しディルムント≫で一閃。


それで事足りてしまったのである。


ドロップした魔王具といくつかの素材を回収し、新たに解放した≪魔人≫と新入社員を面接するかのような問答と≪従魔の儀≫を行う。


ノルディアス各地に点在する二百六ある迷宮のおよそ半分以上を解放し消滅させてきた多くの経験が、中堅以下の難易度のダンジョン攻略をイージーなタスクに変えつつあるというのが現状であった。


だが、これから挑むA級ダンジョン≪悪神の哀涙あいるい≫は、同様にはいかないことをショウゾウは理解していた。


初めて足を踏み入れるA級難易度迷宮。


ショウゾウはもう一度気を引き締め直して、皆と合流した。




「おそらく、同じ条件でも、あの≪悪神の嘆き≫の攻略には丸一日はかかってしまうことだろう。これはもう冒険者としても完全に抜かれてしまった感があるな」


フェイルードは心底、残念そうな顔でショウゾウの報告についての感想を述べた。


「いや、B級以上の迷宮についてはまだまだおぬしたちの足元にも及ばん。これからも頼りにしておるぞ」


「まあ、そういうことにしておこう。ショウゾウさんの成長も著しいが、彼らも負けてはいないぞ。ショウゾウさん抜きの三人だけで、C級の≪悪神の嘆き≫を攻略して見せたんだ。実力的には全員、もうかつてのギルドのB級冒険者相当のレベルに達しているとお墨付きを与えても良い。特にエリエンさんは見違えたよ。ショウゾウさんもきっと驚くに違いない」


そう持ち上げられて、頬を赤らめたエリエンを、ショウゾウはあらためてよく見た。


「そ、そんな……。私なんてまだまだです。すべては、私とすべての属性で契約してくださった魔導神ロ・キさまと熱心にご指導くださっているルグ・ローグ師のおかげです」


「いやいや、もともとエリエン殿には才能があった。狭量で偏見に満ちた魔法神たちによって、我同様に制約を受けていたも同然の状態であったのだから、それを取り払って同じ条件になりさえすれば、本来の実力は凡百の他の魔法使いなど足元にも及ばぬのは自明の理。何せ我らは、選ばれし闇の氏族ヨールガンドゥの末裔なのだからな」


ルグ・ローグはそう高らかに笑い、エリエンもそれにつられて笑みをこぼす。


魔導神ロ・キ?


そうか。このところ忙しくて失念していたが、そういえば扱える属性と契約魔法の少なさをアラーニェに相談し、魔法の契約先をロ・キに変更したとかなんとか言っていたような気がする。

あの頃は、まだロ・キに対する警戒心も今ほどではなく、≪失われし魔法の探究者≫ことルグ・ローグにも闇の魔法と魔導神ロ・キの存在について明かしてしまっていた。


迂闊。

ルグ・ローグはまだしも、エリエンをあのロ・キに近づけたまま放置しておくとは……。


ショウゾウは己の脇の甘さと、思慮の浅さを内心で悔やんだ。

そして一方で、ロ・キの奸計にエリエンがよもや巻き込まれてはいないか、胸を締め付けられる思いだった。


「ショウゾウさん、あとでお見せしますが私、闇の魔法も使えるようになったんです。≪魔力マナ≫の消費が大きいから、一度使ったらもう気を失ってしまいそうになるんですが、通常の属性を反転させて、ショウゾウさんみたいに……」


「おお、そうか……」


今のところ、特に変わった様子は無いが、なにか違和感がある気がする。

そしてロ・キがエリエンにも闇の魔法を与えたことに驚きを禁じ得なかった。


「エリエン殿は、我よりも血が濃く闇の≪魔力マナ≫との親和性が高い。この我以上の使い手になるのではと、ロ・キ様も期待しておられました。いまはまだ、我ら三人しか闇の使い手はおりませんが、互いに精進し、その技量を高め合いましょうぞ」


ルグ・ローグはもうすでにロ・キと対話までしているようだ。


「そうだな。いや、本当に驚いた。まさか、二人とも闇魔法の使い手になっておったとは……」


ショウゾウは表情を取り繕い平静を装った。


そして、内心で思いを巡らす。



自分はどこか思い上がり、曲がりなりにも神であるロ・キを甘く見ていたようだ。

よもやこれほどまでに自分の身近なところに、その闇の手を伸ばしていたとは思いもよらないことであったし、よりにもよってその対象がエリエンとは……。

儂の弱いところを見事についてきたものだと、賞賛せざるを得ない。


どの程度、二人にロ・キの影響が及んでいるのかは慎重に見定めなければならないが、最悪の場合も覚悟しておく必要がある。


だが、ロ・キよ。

いずれにせよ、お前は知ることになる。


儂はこれまでの人生で、利よりも情けを優先させたことはない。


お前の下手な企みは、ただ敵をもうひとり増やす結果をもたらしたに過ぎないのだ。

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