第269話 光神はかく語りき
「これではどちらが神かわからぬな……。まさか人の子に諭されるようなことになるとは……」
ビレイグは、ショウゾウの話を聞き終えて、そう独り言のように呟いた。
「気を悪くしないで頂きたい。あくまでもこれは、儂の立場であれば、こうせざるを得なかったのだという建前の話。我ら人の子には及びもつかぬ、オルディン神様なりの事情がきっとお有りになるのでしょう」
「……ビレイグでよい。オルディン神などという畏まった呼び名はいつしか窮屈になってな。神の務めも満足に果たせぬおのれには過ぎたるものと思うようになったのだ。今の我は、お前と同じ人間。そう、へりくだる必要はない」
「……では、改めて、ビレイグ様にお尋ねしたきことがあります。それは、あのロ・キという神のこと。ビレイグ様は、あのロ・キをよくご存じなのですね? 」
「ああ。自分でも嫌になるほど詳しく知っておる。そして、我とロ・キの運命は絶えず絡み合い、そして今、とても複雑なことになっておる。かつて義兄弟の契りを交わし、ともにこのイルヴァースの繁栄のために手を取り合おうと誓った間柄であったのが、皮肉なことに疑念と憎悪によって分かち難く、破滅へと続く坂道を道連れに転げ落ちていくような関係へと成り果ててしまった」
「それは、その話をもっと詳しくお聞かせ願うわけには参りませぬか」
「勿論だとも。というよりも、むしろお前は真実を知らねばならぬ。すでに我とロ・キとの宿命に、お前も大きく関わってしまっているのだからな」
「それは、どういう……」
「まあ、まずは我の話を聞くがよい。そうだな……。なにから話せばよいか。ショウゾウよ、お前はこのイルヴァースがかつてヨートゥンと呼ばれる巨神によって支配されていたことは知っておるか?」
「はい。今の時代では悪神と呼ばれ、力を合わせた魔法神たちによって討たれたとも……」
「そうだ。かつて、我ら魔法神は協力し、ヨートゥンを討ち果たしたのだ。だが、それが大いなる過ちであることに、その時、我らは気が付いていなかった。ヨートゥンは、このイルヴァースを創造した原初巨神たちのうちの一柱に過ぎなかったが、他の巨神たちを喰らい、その力のすべてを我がものとしていた。その万能なる力は、魔法神などとは比べるべくもなく強大で広範に及び、イルヴァース全体の存続と運営に欠かせぬものであったのだが、その時の我らは、その存在の偉大さに気が付いていなかった。ヨートゥンは、厳格で荒々しく、その上、生来の神喰らいの気質があった。気にそぐわぬ神、逆らう神などを見せしめに喰らう様な行いをすることがあったのだ。それゆえに、他の神々はいつしかヨートゥンを畏れ、その支配から逃れたいという強い願望を抱くようになってしまっていた。ロ・キはそうした神々の心に付けこみ、ヨートゥンをこのイルヴァースから除く企てをしたのだ」
「しかし、聞くところによれば、ロ・キはヨートゥンの息子なのでしょう? なにゆえ、
「確かにな。実際、ヨートゥンはロ・キを溺愛しておったし、一見するとその動機は無いように当時は我も思っていた。しかし、父神の横暴から他の神々を守るための純粋な義憤であったのだろうと考え、その計画に乗ったのだが、それは間違いであった。息子であるロ・キだけが知る巨神ヨートゥンの殺し方。その方法にのっとり、多くの犠牲を払って、ヨートゥンを倒したのだが、その神の
「ある真実……」
「そうだ。それが今なお続く苦悩の始まり。できれば知りたくなかった。いや、知るべきでなかった真実だ。死の際にあったヨートゥンはいずれ、このイルヴァースをこの我に託し、自らは、新たに創っているらしい別の世界にお隠れになるつもりであったと語ったのだ。お前は知らぬであろうが、このアスガルド大陸は広大なイルヴァース世界のほんの一部分にしか過ぎない。この大陸の外側は、原初の時代の闇とも言うべき、無数の魔物や我ら神に匹敵する力を持つ怪物たちの跋扈する暗黒の世界が広がっている。ヨートゥンは、それら闇の生をもつ諸々を引き連れこの地を去り、このイルヴァースは人間と新たに創った比較的危険性の少ない生物たちの楽園にする計画だったと我に語った」
新たに創っているらしい別の世界……それは≪
あの作りかけのような未完成な世界。
≪
「この計画を知っていたのはヨートゥンとロ・キだけであったらしい。ロ・キは、イルヴァースがこの我に託されるのだと知った時、大いに怒り、そして激しく父神を罵ったらしい。そう……、ロ・キはイルヴァースの支配者たる地位を受け継ぐのはおのれであると日頃から自負していたのだ」
「なるほど。少しずつだが、あのロ・キのつかみどころが無かった行動の根底に何があるのか、おかげで見えてきました。ロ・キが何の目的で、儂をこの世界に連れてきたのか、儂に何をさせようとしているのかはわかりませんが、今後の奴の動きが読みやすくなる」
「ロ・キ……。あれの心はいつの間にか捻じくれて、歪み切ってしまった。ヨートゥン亡きあとも、ロ・キの我に対する憎しみの炎は消えず、いや増すばかりであった。今度は他の魔法神たちを陰で煽り立て、我を亡き者にせんと画策しだした。ヨートゥンの話からロ・キの次の狙いがおのれであるということに薄々感づいていたおかげで、難を逃れ、逆にそれを返り討ちにできたわけであるが、その命を奪うことまでは決断しかねたのだ。向こうはどうかわからぬが、少なくとも我は本当の兄弟同然にロ・キを想っていた。それで、他の神々の協力も得て、あやつをこのイルヴァースから追放した。それが、よもや再び舞い戻って来ておったとは露ほども思わなんだ」
「……ビレイグ様は、ロ・キをどうされるおつもりなのでしょうか?」
「ロ・キはまだ我があやつの本心とその企みに気が付いていないと思っておる。そして、己が智謀によって思うがままに状況を操れるともな……。だから当面は、奴の思い描く筋書きに乗せらておる振りをしていようと思っておる。奴の最終的な目的が何であるのか、それを見極めねばならん」
「……では、ここでこうして儂と接触を持ったなどと知られるのはあまり好ましいことではありませんな。ロ・キはおそらく儂らの接近は望まないでしょう」
「そうだろうな。この大陸に舞い戻った我にロ・キは、「アスガルドに災厄をもたらしている者」であるとか、「オルドの民を滅ぼさんとしている」などと、お前の危険性を散々に警告してきた。そうやって煽り立てつつも、うかつに我らが遭遇することが無いように釘を刺しに来たといったところだったのだろう。だが、こうして我らはすでに出会ってしまった。それは如何なる運命の悪戯か、天の配剤であったのかは定かではないが、ここをうまく立ち回れば、あのロ・キを出し抜くことができる」
「そういうことですな。だが、もうすでにこの状況を知られてしまっておるのでは?」
「いや、それについては心配には及ばぬ。ロ・キの気配の在処は常に把握しておるし、そこなヴォルヴァがこの城の周囲に結界を張り巡らしている」
ビレイグの紹介に、座りながらも糸巻き棒を手放さず抱いている少女がぺこりと頭を下げた。
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