第263話 ロ・キの提案

ビレイグの予想通り、王都にある≪白輝びゃくき城≫には、もうすでにロ・キの手が及んでおり、徐々にその影響力を及ぼしつつあった。


ロ・キは城への出入りを繰り返し、そしてその度に、まるで我が物顔でその城内の隅々を歩き回り、なにやら調べ物をしているかのような姿が度々見られるようになっていた。



「やはりお前の言った通り、オルディンは無事にこのノルディアスに帰還してきたようだな」


≪光神の代行者≫レギンレイヴは特別に純白の美しい鎧に身を纏い、かつてエレオノーラと呼ばれていた女の美貌そのままに、玉座の下のロ・キに語りかけた。


もはや荒れ果てた以前とは異なり、この大広間も人間の下僕しもべたちによって、光王家のかつての栄光を忍ばせる程度には、その景色を取り戻している。


「今は、北部の小城を占拠して、すっかり領主気分さ。どういう心境の変化があったのか、人間たち、それもおのが氏族ではない者たちに、すっかりおだてあげられて、まつりごとの真似事まで始めたようだ。神は君臨しても、人の営みに必要以上に介入してはならないというのが、あいつの持論であったはずだが……、まあ千年も経つと色々と考えも変わるのだろう」


「ロ・キよ、お前は直にオルディンに会ったのだな?」


「ああ、会ったよ。受肉し、今はすっかり老いぼれた見た目になっていた。一言でいうなら、でっかいじじい。そんな感じだ。そして、おそらく、あれだな。他の魔法神もそうなのだろうが、俺が数百年かけて人間社会の魔法文化を衰退させてやったから、≪魔力マナ≫の回復が追い付かなくなって、それで苦肉の策として受肉を選んだんだろう。現世で力を発揮しつつ、神としての力の消耗を防ぐにはもっとも効率的だからな。俺でも、そうする」


「フッ、よく言うな……。半神である貴様にはそもそも必要のないことだろう」


ロ・キの顔が一瞬、かすかに歪んだかに見えたが、すぐに薄い笑みが戻る。


「いずれにせよ、そうした受肉などの影響か、それとも光結界の外での年月がそうさせたのか、かつてとは少し様子が違っていたように俺の目には映った。そして、やはりお前たち≪光の使徒エインヘリヤル≫にはとても落胆し、激しく憤っていたよ。前にも言ったが、おそらくお前たちはこのままだと今度は封印では済まないだろうな。起動停止させられ、おそらくその魂魄は破棄される。ああ、せっかく仲良くなりかけてきたのに残念だよ。哀れ、お人形さんたちは用済みになり、ごみのように捨てられてしまうのでした。ちゃんちゃん」


「……お前の話が本当であるならば、なぜオルディンはすぐにこの城にやって来ない? なぜ自らの手で我らを処分しようとしないのだ」


「それは明らかに、この俺を警戒してのことだろう。お前たち以上に、俺と奴の付き合いは長い。お前たちは、この俺を半端者の裏切り者と蔑んでいるのだろうが、奴は俺の真の恐ろしさを知っている。今や人にとって代わられ、滅びた巨人族と神の両方の血を引くこの俺の恐ろしさをな。だから、あいつが俺とお前たちエインヘリヤルが手を結んでいると思っているうちは決して手を出してこないだろう。そして何より、この城だ。この城の存在が大きいのだ。俺が、お前にあれこれ世話を焼いてやっているのはこの城のためだ。この城に施された無数の≪秘文字ルーン≫と太古の神々の時代より残されし≪魔導兵器≫が、ショウゾウやオルディン、そして他の魔法神どもへの抑止力になる。俺がお前たちにみだりに城の外に出るなと注意していたのはそういうことなのだ」


「その話、もっと詳しく聞かせろ」


「ははっ、それは、もっと俺たちが仲良くなってからにしよう。そして、この間、俺が提案したアレ……検討してもらえたかな? オルディンとの完全なる決別をし、お前たちの存在に手を加えさせてもらうという。アレだよ」


「馬鹿な。考慮の余地などない。貴様を信用して、その身を委ねるなど、できようはずもない。お前をよく知る者で、お前を信用する者など誰もいない。それほどの大罪をお前は犯し続けてきたのだ」


「大罪ね……。何も知らぬ者たちが、浅はかなことだ。いずれにせよ、このままではお前たちは一生、オルディンの支配から逃れられない人形のままだ。この城の外で奴に出くわそうものなら、立ちどころに塵芥ちりあくたのようにされてしまうであろうよ。お前たちの魂魄には決して奴に逆らうことが無いように、頸木くびきが架せられている様なものなのだ。俺がそいつを外してやろうと提案しているのだ。よくよく、もう一度、考えてみた方がいい。このままでは、戦力にならんから、面倒を押して、わざわざこうして、提案してやっているのだ。いいか、オルディンが戻ってきた今、俺とお前たちは、いわば同じ船に乗った者同士。手を組まねば、立ちどころに窮地に陥ることになるぞ。このイルヴァースから、いつでも逃げ出せる俺と違って、お前たちには選択の余地はない。今度来るまでに、そこのところ、もう一度よく考えてみるんだな。まったく、俺はとんだお人よしだ。こんな頑固で、頭の悪いアマっこどもに何度も丁寧に提案してやるんだからな。やれやれ、まったく、骨が折れることだ」


ロ・キは独り言のように愚痴を言い続けながら、玉座の間を去っていった。


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