第261話 謎を解く鍵
向かってくる者が一人もいなくなるまで暴れ続けたビレイグは、戦意を喪失した大勢の負傷した兵士たちと見物に集まってきた住民たちを見渡して、「なんだ、もう終わりか。つまらん」と一言こぼした。
矢を射かけようが、槍で突こうがすべて防がれてしまい、傷をつけるどころか指一本触れることができないほどの剛勇ぶりを見せつけられた兵士たちは、自分たちが相手にしているのが一体、何者であるのかわからぬままに槍で打ち据えられ、殴られ、もはや立ち上がる元気も失ってしまったのである。
骨折して皮膚から骨が飛び出ている者、顔面を倍に腫らしている者など、負傷の程度も決して軽くはなく、どの兵士を見ても悲惨な有様であった。
ビレイグの傍らに立っていた小柄なヴォルヴァを人質にすべく、そちらの方にも向かった兵士がいたのだが、そのあどけなさが残る容姿に反した狂暴さを発揮され、その手に持っていた糸巻き棒で散々に殴り殺されてしまった。
ヴォルヴァは、ビレイグ以上に容赦なく、「女の子に手をあげるなんて、最低」と憤慨しつつ、相手が動かなくなるまで執拗に殴り続けた。
日頃の為政者たちに対する不満などが相当に積もっていたのだろうか。
こうした地獄絵図のような光景が繰り広げられたのだが、高みの見物を決め込んでいた住民たちからは、やんやの喝采が飛んだ。
城内に足を踏み入れたビレイグは、ヴァルキュリャたちと手分けして外王家ダデルスワルの当主オーバリーを捕まえた。
オーバリーは自室でほぼ半裸の女性たちを縄で縛り上げ、家来たちとともに何やらいかがわしい行為に興じていたのだが、室内にいきなり侵入してきたビレイグたちによってあっという間に
主人を守ろうとした家来たちは殺され、そのまま冷たい石床に転がることになった。
ビレイグは、女性たちがされていたようにオーバリーを縄で縛り、鞭で殴りつけたり、熱い蠟を肌に垂らしたりしてみた。
ヴァルキュリャたちは悶え苦しむオーバリーの見苦しい姿に目を背けたり、苦笑いを浮かべたりしている。
「ぐああっ、熱っ。やめてくれ。この老いぼれめ、何をするのだ。この私を誰だと思っている。私に対する狼藉は、光王陛下に対する謀反となるぞ」
「……おまえ、こんなことをして何が楽しいのだ」
ビレイグは、これが自分の子孫であるのかと失望し、深いため息を落とした。
「べ、別に楽しくてやっておるわけではない。女に、生命の危機を感じさせることで種を残さねばならないという本能を呼び覚まさせるための術を探求する試みなのだ。輿入れさせた女が確実に孕むように、その肉体に働きかけるのだ。これは学術的……熱っ。やめろ。これは男に行うものではない」
「お前の理論通り、生命の危機に働きかけるなら、男にも効果があるのではないか?ほれ、ほれ。次はまた鞭をくれてやろうか? それとも別の女にやっていたように足の生爪をはがしてやろうか。いや、この針で……」
ビレイグはしばらくオーバリーを弄びつつ、今の時代のオルドの民がどうなっているのか、そしてこの大陸、特にノルディアスの地における情勢などを尋問した。
オーバリーは、尻の穴に鉄杭を押し込まれたことにより、失禁しながら気絶してしまったため、しばらく休憩中である。
「……それとなくだが、状況が見えてきたな。やはり、暗黒大陸から急ぎこちらに引き返してきて正解であった。アスガルドはもはや我の思惑を大きく逸れ、定かならぬ運命に自ら漕ぎ出してしまっている。おそらくは、あのロ・キの企みによるものであろうがノルディアスもその存続が相当に危ぶまれる状況であったようだ」
「ロ・キ……。あの者の狙いはいったい何なのでしょうか」
スリマが凛々しくも優美なその顔を曇らせて、ビレイグに尋ねた。
「さて、何なのであろうな……。このオーバリーという
「それでは、その預言はいったい何者が?」
「それは、きっとロ・キの
ヴォルヴァは胸を張って、自らの推理を口にする。
「そうだな。我が代々の
「すべての謎は、まさしくそのショウゾウに繋がっているというわけですね」
「ああ、そうだ。すべての謎を解く鍵はそのショウゾウが握っていると我は考えている。だからこそ、まずそのショウゾウに会って見極めねばならん。このアスガルドに何をもたらす者であるかを……」
「しかし、ロ・キからもたらされた情報が正しいとすれば、相手はヨートゥン神の力を宿しているとのこと。危険ではありませんか?」
「それは、そうだろう。だからこそ、ロ・キは我にショウゾウのことを伝え、これに当たらせようと考えたのであろう。あのロ・キの言葉の端々に滲み出ていたのは、焦燥……あるいは困惑だ。もしかするとロ・キは、そのショウゾウの存在を持て余しておるのかもしれん。まあ、すべては推測の域を出ない。判断を下すにはもっと情報がいる」
「そうですね。では、このあといかがいたしましょう?次はどちらに向かいますか?」
「いや、当面はここに留まることにしよう。我らが去れば、あの
「はあ……そうですね。領主の兵をあれだけコテンパンにして、城に立て籠もったようなものですからね。今頃きっと、城の外は包囲されてるでしょうし、事態の収拾を図るのがとっても大変そう……」
「それはそうと、ビレイグ様。このオーバリーという男はどうなされるおつもりなんです? 始末しますか」
エルルーンが軽蔑しきった顔で、オーバリーに目をやり尋ねてきた。
ソグンが、無言で剣を抜き、意識のないオーバリーの首筋に切っ先を当てる。
二人のオーバリーを見る視線は、まるで汚物などに向けられるもののようであった。
「まあ、待て。その男からは引き出せる情報がまだある。それに千年の時を経て、このアスガルドに舞い戻った我らは、いわば浜辺に打ち上げられた漁師マグロウの寓話にも等しい状態だ。この時代や社会の知識も不足しておるし、当面は下僕として扱き使ってやるとしよう。こやつの更生にもつながるかもしれんからな。おっと、身内に甘いなどと文句は云うてくれるなよ。我とてもこやつを生かしておくのは耐えがたい恥なのだ。だが、あえて目の届くところに置き、己が戒めにするつもりだ。悔い改める兆しが見えぬようであれば、我自らの手で処断する。しばらくは、我の望むようにさせてくれ。このとおりだ」
ビレイグは申し訳なさそうに、ヴァルキュリャたちにその灰色がかった白髪頭を下げた。
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