第258話 王の上に君臨せし者

「忙しい。忙しい」というのが、最近のショウゾウの口癖であるのだが、その表情は嬉々としており、足取りは弾むようであった。


相次いで解放した迷宮の守護者たち――すなわち≪魔人≫たちをまるでおのれの秘書や部下のように扱い、ノルディアス王国の復興やウプサーラ公国の属国化を裏から推し進める仕事が、ショウゾウにとってはとてもやりがいのある仕事であると同時に、楽しくて仕方がないことであったのだ。


それはかつて若き日の、通産省高級官僚として夢と希望に燃え、祖国の復興と経済振興に携わっていた時以上の仕事への没頭具合であった。


加えて、スキル≪オールドマン≫により人間離れしたタフネスを得たことから、昼夜を隔てることなく働くことができ、次から次へと湧き上がる着想を実現せずにはいられない状況だった。


若き豪商メルクスとしてノルディアス王国に関する差配をし、闇の怪老ショウゾウとして各地の迷宮の解放にいそしむ。


この奇妙な二重生活もショウゾウにとっては刺激的な日々を送るためのスパイスであり、大いに気に入っていた。



ノルディアス王国に侵略してきた他の四カ国との停戦の協議もあらかた整い、ウプサーラの併合協議と新たな支配体制の構築も順調だ。


王都に居座る≪光の使徒エインヘリヤル≫とロ・キからは相変わらず目を離すことはできないが、今のところ目立った動きはない。


各地で人攫いの様な真似をして、王都にある≪白輝びゃくき城≫に連れ込んでいるとの情報もあるが、その人数は決して多くは無く、それがどう見ても戦闘要員ではないというのだから、その意図は不明だ。


そうしたショウゾウの及びもつかない不思議な行動は不気味ではあるものの、地上からは≪眼魔≫ベリメールが、空からは≪鳥魔≫ストロームが見張っているため、些細な異変もすぐに察知することができる。


各地の人間たちの中には、アラーニェの眷属たる≪蜘蛛≫たちを紛れ込ませているし、もはやこのノルディアスの隅々にまでショウゾウの目と耳が行き届かぬ場所は無くなりつつあったのだ。



そんな中、思いもよらぬ一報が、光王ルシアンとウプサーラ公ニコデムス二世の息女の婚礼の儀の十日前に飛び込んできた。


それはノルディアス北部にあるコイエット男爵領における住民の蜂起で、そこに闇の怪老討滅のために赴任し、その後、その地に根を下ろしていた外王家の名門ダデルスワル家の郎党が皆殺しにされたという報せだった。


住民を先導したのは、ビレイグと名乗る男とその従者と思われる者たち。


ビレイグとその一党は、付近の住民を引き連れ、ダデルスワル家が滞在する城を包囲すると、当主であるカルーデンを惨殺し、その一族を怒り狂う民衆の手に委ねたのだそうだ。

その後、その暴動はダデルスワル家を庇護していたコイエット男爵家にまで飛び火し、その城が落ちたということだった。


「その、ビレイグというのは何者だ?」


ショウゾウは、その報せをもたらした≪蜘蛛≫の主であるアラーニェに尋ねた。


「はい。その風貌は、かなり年老いた背の高い隻眼の男であるとのことです。詳しい身元を洗ってはおりますが、今のところ不明です」


「隻眼? ……そうか、すまぬが引き続き調べを進めてくれ。領主の城までもが落ちたとなると、これは捨てておくわけにもいくまいて……。それにしても、ようやく落ち着いてきた矢先に今度は地方の民衆蜂起とは、光王家の支配というやつも案外、長くは続かんかもしれぬな。のう、ルシアンよ」


伏魔殿に呼びつけたルシアンに、ショウゾウは玉座の上からそう声をかけた。


この玉座の間には、新たに加わった≪魔人≫たちが列をなしていて、ルシアンは緊張した面持ちで彼らに取り囲まれている形だ。


「にわかには信じられない話だ。下賤な民衆が、外王家の、それも三代前の光王の后などを輩出したダデルスワルの一族を手にかけるなど……」


「だが、これは紛れもない事実だ。報せによると、そのビレイグという輩が、コイエットの居城を未だ占拠し続けているということだが、光王陛下としては、これは捨て置けぬ事態であろう?」


「当然だ。この件は、我らで対処する。ショウゾウ、お前の力を頼るまでもない」


「うむ、そうしてもらえると有難いな。儂は、あくまでもお前たちの影。表の世界のそうした地方のいざこざまで、いちいち面倒は見切れぬ。ゆくゆくは独り立ちして、このノルディアス王国全体を管理してもらわねば困るのだ。今回は、お前たちでうまく処理して見せよ。話はこれで終わりだ。ヤハル、ルシアン光王陛下をオースレンの居城までお送りせよ」


臣下の列から、ヤハルと呼ばれた少年が進み出て、ルシアンに恭しく頭を下げた。


見た目は愛らしく、栗色の髪にあどけない顔立ちをしているが、このヤハルも、≪童魔どうま≫と冠し、れっきとした≪魔人≫である。


ヤハルは案内するためにその小さくて柔らかそうな手を差し出したが、ルシアンはそれを取らず自らの足で、玉座の間を出ていった。


ヤハルはショウゾウに向かって、あざとく舌を出しながら、自らの頭を叩く仕草をして一礼すると、ルシアンの後を追った。

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