第257話 光王の憂鬱

光の使徒エインヘリヤル≫による王都陥落。

そして、国力差から優位的立場にあったはずの周辺五か国による思いがけぬ多方面の同時侵攻。


前光王であったヴィツェル十三世の崩御に端を発した内外の災厄は、ノルディアス王国を存亡の危機に陥れ、もはやその千年近くにも及ぶ長き支配の歴史に幕を下ろすかに思われたが、ショウゾウらによる暗躍により、寸でのところでその命脈を保つこととなった。


だが、当代の光王となったルシアンは、そのことを手放しで喜ぶ気にはなれず、軟禁中の伏魔殿の私室で浮かぬ顔をしていた。


その私室はとても豪奢な造りと内装をしており、家具や飾られた美術品の数々を見ても最上級の物ばかりであった。

躾けの行き届いた召使いたちを宛がわれ、贅沢の限りを尽くした食事が供される。


外に出ること以外はたいていの要望は聞き入れられるし、軟禁中の外の情勢の変化に関する質問は禁じられていないため、特に際立った不便はない。


しかし、この不気味な≪虚界ヴォダス≫にある伏魔殿に閉じこもっているとショウゾウによって虜囚とされた日々のことが思い出され、自ずと憂鬱な気分になって来るのだ。


あの日から、今日までで一体、自分の境遇の何が変わったというのだろう?


闇の虜となった日々と何も変わっていない。


「姉上……」


ルシアンは最愛の姉エレオノーラのことを考えると胸が張り裂けて、居ても立ってもいられなくなってくる。

かつてはヴィツェル十三世により、幽閉も同然の境遇に置かれ、そして今は得体の知れない化け物にその肉体を奪われてしまっているエレオノーラの人生は、まさしくかごの中の鳥よりも不幸に思えた。


あの≪光神の代行者≫レギンレイヴから取り戻すと誓ったにもかかわらず、いたずらに時は過ぎ、何も前進していない。

ルシアンはそのことに苛立ちを覚えるとともに、おのが無力さに絶望していた。


ショウゾウがどこからか連れてきたエフェメラルという影武者が、表の世界に出ている間は、ルシアンはこうして伏魔殿内に身を潜めていなければならない。


ショウゾウによって、この部屋に連れてこられてからはやひと月が経とうとしているが、このまま自分は二度と表の世界に戻ることができないのかもしれぬと考えると自然と心が沈んでいくのを感じずにはいられなかった。


ルシアンの心の中は、暗澹あんたんたる前途への不安と深い絶望で満たされていたのである。




そんな虚しい暮らしを幾日過ごしたことだろうか。

いつしか、その日数を数えることもおろそかになり、目から光が消えかかったある日のこと、ふらりとショウゾウが現れた。


「ルシアンよ、すまなかったな。ウプサーラの属国化を軌道に乗せるのに手間取ってしまった。エフェメラルをオースレンに帰還させたので、ここから出ても良いぞ」


「ウプサーラの属国化とはどういうことだ? ウプサーラ王国軍を領土外に追い払うために出撃したデルロスを支援する目的で、私の影武者を向かわせたのではなかったのか? 私にはそういう説明だったはずだ」


「ウプサーラ王国はもはや存在しない。国王ニコデムス二世がおぬしへの臣従を誓ったために、彼の国は、公国となり、ノルディアスの属国となったのだ」


「何が何だかわからない。あの状況から、どうしてそのようなことになったのだ」


「ふむ、まあ当然の反応であろうな。逐一、儂が説明するのも難儀なので、その辺のところは、あとでデルロスの奴にでもくわしく尋ねるが善い。儂がおぬしに伝えたかったのは、婚礼のことだ」


「婚礼? 誰の話をしている」


「ははっ。他ならぬルシアン、おぬしの話だよ。我が国の公爵になったニコデムス二世が未婚の娘を姫妾きしょうとして、おぬしに寄こしたのだ。絶対の忠誠と服従の証としてな。正室ではないから、婚礼の儀は不要という考え方もあるが、ウプサーラ側の心情を鑑みれば、それなりの扱いをするのが今後の統治をする上でも必要なことであろうよ」


「ちょっと、待ってくれ。婚礼などと……、私は当面、妻など持つ気は無い。姉上を、あの≪光の使徒エインヘリヤル≫どもから奪い返すその日まで……」


「いい加減にせぬか。いつまでも姉上、姉上と、わらべでもあるまいに。いい加減に独り立ちせぬか。おぬしは、もはや一個の人間ではない。国家を統治する君主にして、民草を守り導く者。その象徴でもあるのだぞ。私情を持ち込むでない」


「し、しかし、光王がオルドの血を引かぬ姫を、仮に妾とは言えども受け入れた前例はない。我ら光王家にはオルドの純血を保つ責務があるのだ」


「そんなものは捨て置けばよい。誰が決めたかわからぬが、もはや≪呼び名ケニング≫とやらは光王家の手を離れたのであろう。必要ないではないか。しかも、純血というが、この世に完全に純たる血など有り得ぬ。おぬしら、オルドの民は、神の血を受け継ぐ民だと信じておるようだが、真に純たるは、その神のみではないのか? 神の子を授かった最初の女は、ただの人間なのだろう? まさに最初から半分は純血ではないことにはならんか?」


口角泡を飛ばす勢いのショウゾウにルシアンはたじたじになり、次の言葉が出なくなってしまった。


「いいか。とにかく、もう婚礼の儀の準備は着々と進められておるのだ。今さら、駄々をこねるでない。赤毛の、なかなかに可愛い娘だぞ。父親のニコデムス二世には、似ておらん。歳は十四。少し年下だが、別に違和感があるほど年は離れてはいまい。さて、儂は忙しいからもう行くが、あとはギヨームとデルロスの二人と上手くやれ。婚礼にはメルクスとして出席するから安心しろよ、ではな!」


ショウゾウは言いたいことだけを一方的に話し、慌ただしく部屋を出ていった。

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