第249話 死の舞曲

ウプサーラ軍の本陣に落ちた一筋の雷光は、その場に居並ぶ者のうち最も風格があり、見事な軍装の武将に落ちた。


その武将の名はヨルゲン。

全身を深緑の甲冑に身を包んだこの武将は、ウプサーラ国王から全幅の信頼を得ていた歴戦の将軍である。

ヴィツェル十三世の外征を耐え抜き、持久戦の末に、少しの領土も失わずに和睦に持ち込めたその技量と戦歴を買われて、今回の遠征軍の総大将を務めていたのだが、不運にも、この軍で最初の戦死者となってしまった。


ウプサーラ軍が魔法による奇襲を警戒していなかったわけではない。


本陣には三十人からなる魔法士部隊が常駐しており、常に≪魔力マナ≫の動きを監視していた。

それぞれの属性魔法には、光魔法の≪魔法障壁マディカ≫のように相手の攻撃魔法を防ぐような手段が備わっており、自陣の周辺でそのような気配があったならば、即座にそれに対応する訓練は常に行っていたのだ。


ヨルゲンをその騎乗していた馬ごと一瞬で消し炭のようにしてしまった魔法は、ショウゾウの≪天威招雷ジャスア・ラ・ガーン≫であった。


ヨランド・ゴディンが用いた最大火力のそれとは性質を大きくことにして、逆に威力を押さえ、命中の精度と安定性を高めた形だ。


こうした調整が利くのは、ショウゾウの光魔法が魔法神との契約を介さない、いわば自前のものだからだ。


ショウゾウはエインヘリヤルのゲイルスケグルから奪ったこの力を徐々に己がものとしており、既存の光魔法などを参考にしつつ、おのれの≪魔力マナ≫を≪光気≫に変えて運用する術を体得しつつあった。



ノルディアス軍との距離を詰め、交戦間もなくというところ。

警戒に警戒を重ねていたウプサーラ軍だったが、それが不意に為す術もなく、上空からの無慈悲な一撃で総大将を討たれてしまった。

初手で総大将を失ってしまった衝撃は大きく、辺り一面に轟いた雷鳴の凄まじさもあって、一気に浮足立つことになってしまったのである。


『光王ルシアンの≪呼び名ケニング≫の力だ! 敵本陣に、光王が現れたぞ!』


そして、何処からともなくそうした声が、周囲の喧騒を飛び越えて、響き渡り、過去の光王の持つ力の恐ろしさを伝え聞いていたウプサーラ軍の将兵たちは一気に統制を失ってしまった。


歌劇の役者のような澄んだ美しい声だったが、その演技は堂にっていて、それを何者が発したものかと疑われることは無かった。


混乱の最中、≪魔洞穴マデュラ≫を使って≪虚界ヴォダス≫から現れ出でた≪音魔おんま≫アモットは、このセリフがこもった≪音球おとだま≫を陣中のあちこちで破裂させた。

音球おとだま≫には自分の声だけでなく、様々な音を閉じ込めておくことができ、意のままにそれを解放することも可能であるのだ。


丘の上のノルディアス軍を包囲せんとする前軍の方には、あらかじめ別のものを仕掛けており、しばし間を溜めて、それらを一気に解放した。


『総大将ヨルゲン様、討ち死に!』

『撤退、撤退だ。光王ルシアンに皆殺しにされるぞ!』


前軍も後軍もにわかに陣形が崩れ、逃走する者が出始める。

しばらく戦らしい戦もなく、新兵が多かったことも原因としてあっただろう。

一度、崩された軍の秩序を取り戻すのは至難の技で、混乱は瞬く間に軍中に広がった。



そんな中、冷静さを保ち、本陣に紛れ込んだ不審人物を見咎めるような強者もいないではなかった。


「貴様、どこから紛れ込んだ! 怪しい奴め、敵か」


軍装を身に着けることもせず、愛用の弦楽器シラールを背負ったままの吟遊詩人然とした目立つアモットに百人隊長のウプサーラ騎士が、見咎め、襲い掛かった。


だが、アモットはまるで貴公子を思わせる優し気な風貌でありながら、腰に佩いた細身の剣を目にも止まらぬ速さで抜くと、刃を振り下ろしてきた騎士の首筋を一閃。華麗な身のこなしで、何事もなかったかのように殺してみせた。


「て、敵だ。敵がいるぞ!」


その光景を見ていた若い兵士が、上官の死の動揺を押さえきれずに周囲に叫ぶ。


アモットの存在に気が付いた周囲の兵たちが殺到したが、その優雅な剣技の冴えの前に無駄に命を散らすことになったのみであった。


舞うようにして振り放たれた刃は、肉を裂く音と断末魔の声を使って、死の旋律を奏でる。


その状況を遠巻きに見ていた者たちは、これは自分たちの手には負えぬとばかりに、先に逃げ出した者たちを追って、その群れの背に続いた。


アモットは背負っていた弦楽器シラールを両手に構え、弾き語りの演奏でもするような感じで、その退いて行く兵士たちに向かって、何かをしようとしたのだが、上空から降りてきたショウゾウに「おいおい、そのぐらいにしておけよ」と止められてしまった。


アモットは悪戯を母親に見つかってしまった子供のようなはにかみをして、一節鳴らして見せると、「我があるじの仰せのままに」と頭を下げた。

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