第248話 虚ろの開戦
翌朝、デルロス率いるノルディアス王国軍の陣中に驚くべきことが起こった。
オースレンにいるはずの新光王ルシアンが突如として現れ、自ら総大将としてこの軍を率い、ウプサーラ軍を撃退すると兵士たちの前で演説を
兵士たちの中にはルシアンの姿を初めて見る者も多く、その士気は否が応にも高まった。
だが、その光景を兵権を預かるデルロスだけは複雑な面持ちで眺め、浮かぬ顔をしていた。
というのも、皆が光王ルシアンだと思っているこの場に現れた人物が、偽物であることを唯一人知っており、それがショウゾウの眷属であるという≪虚の
昨夜、ショウゾウの姿をして現れたエフェメラルは、目の前で光王ルシアンの姿に化けて見せ、デルロスを二度、驚嘆せしめたのであるが、その変身の精度はまさに本人であるとしか思えないほどのものだった。
姿形だけでなく、声色もそのまま本物と紛うほど似ている。
ショウゾウは、このエフェメラル扮する偽ルシアンをデルロスに預け、自らは再び闇の
「父上……、どうかされたのですか。ずっと、浮かぬ顔で」
長子のジョルジュが傍らに歩み寄り、声をかけてきた。
ジョルジュは、次子アーミンとは異なり、勝ち気で自信家。
無鉄砲なところもあるが、そういう部分も若き日のデルロスによく似ていた。
闇の怪老ショウゾウを捕らえるべく共に、別天地の
王都の陥落や周辺国の侵略などで国内情勢が揺らぐ中、オースレンでデルロスの生存が明らかになると、配下の兵をまとめあげ、父である自分のもとに急ぎ馳せ参じてきた。
デルロスにとってジョルジュは後継ぎとして相応しい、頼もしい息子だった。
「うむ、すまぬな。このような盛り上がりの中、私の陰気は、士気を削いでしまうな。なんでもない。気を付けることにしよう」
「お体の調子もまだ完全ではない様子。無理はなさいませんように」
「ああ、だが、ルシアン陛下が参られたとあっては、いよいよウプサーラ軍と雌雄を決さねばなるまい。お前も初陣ゆえ、功を焦って気負わぬようにな」
「はい、父上!」
明るく笑みを浮かべたジョルジュを眺めつつも、それでもデルロスの内心は晴れなかった。
何も知らず無邪気な我が子、家族、そしてルシアンに、いつかあのショウゾウらの魔の手が及ばぬように守らねばと悲壮なまでの決意が逆にデルロスの胸のうちを締め付けていたのだ。
日が中天に昇り、いよいよ布陣した丘の上から、ウプサーラの大軍が姿を現し始めた。
斥候によれば、その兵数はおよそこちらの倍ほどであるということだったが、長く伸びた
どうやら敵方は、この丘を包囲する考えであるらしく、それはすなわち一兵も生かしては返さぬという意図が伺い知れた。
軍を布陣するのは高所がよいというのは、兵法の基本ではあるがそれがすべての戦場に当てはまるわけではない。
特にこの丘は、見晴らしこそいいものの、背に川を背負っており、その分、敵軍の包囲の壁が厚くなり、しかも一か所を騎馬隊で破って敵陣を食い破ろうにも岩石などによる凹凸が多くあり、攻めかかるに不利な地形であった。
普段であれば、決してこのような場所に布陣することが無いデルロスではあったのだが、部将たちの反対を押し切ってまで、この丘を選んだのには理由があった。
それはすべてショウゾウの指示であり、この陣中に光王ルシアン自らがいるということを相手に見せつける、ただそれだけのための布陣であったのだ。
兵同士をぶつけるつもりなど毛頭ない。
ショウゾウはそう言ったが、実際に眼下にはウプサーラ軍が迫ってきている。
もし、万が一、これもショウゾウの企みのうちであったなら、どのような損害を被ることになるのか、内心で恐れつつも、それに従うしかない我が身の無力さを悔やむことしかできなかった。
今はただショウゾウを信じる以外に、デルロスに道は残されていなかったのである。
王都に残してきた本物のルシアンや自らの一族などはもはや人質と言っても過言ではない。
敵か、味方か。
未だ信を置きかねるショウゾウのその腹の中は、デルロスにはわかりかねていて、疑念と妥協、そして不安が常に渦巻いているのだ。
それでも今は、光王家の力を盛り返すために、ショウゾウの力を利用するしかない。
ひたすらそう自分に言い聞かせ続けている。
やがて、包囲のための前軍が丘のふもと近くまで迫った時のことである。
ウプサーラ軍の本陣があると思われるはるか後方の陣に突如、一筋の雷光が落ちた。
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