第246話 乱世の流儀

表の顔である若き豪商メルクスとして国政を思うがままに操りつつ、その片手間にショウゾウは、近郊の低難度迷宮を次々と攻略し、そこに封印された守護者たちを解放していった。


G級迷宮を七つ、F級を三つ、E級を二つ。

合わせて、新たに十二人の≪魔人≫が、ショウゾウの眷属となった。


伏魔殿ふくまでんの陣容も厚みを増し、これまで人手不足からあまり手を出さずにいた分野の問題の処理にまで着手することができるようになったのだが、その第一歩がオースレン都市部の拡張だった。

周辺地域から流入してきた避難民たちを拒むことなく受け入れ続けてきた結果、もはや収容人数が限界に達してしまっていたため、オースレンを囲む都市の城壁の外側に新たな城壁と惣構そうがまえを設け、その間のエリアに居住区を増設する必要が生じたのである。


ショウゾウは、メルクスを長とするオースレン建設組合を発足させ、その現場における総責任者に新たな眷属のうちの一人をてた。


土魔法を得意とし、≪操砂そうさ≫の力を宿した≪砂魔しゃま≫ギャゼルという≪魔人≫だ。

見た目的には四十を過ぎたくらいの少しくたびれたような感じがする男。

衣服に頓着が無く、刻み煙草を吸うための古めかしい喫煙具が手放せないようだった。

ギャゼルは、闇の気を隠し、ごく普通の人間を装って、民たちに混じって市街地での生活を始め、仕事を求めてやって来る者たちの手配をしながら、オースレン拡張のため、汗を流している。

前世においては、城づくりの名人であったそうなので適任だと思ったのだ。

上手くやれるようであれば、組合自体をこの男に任せてもよいと考えていて、今はその為の品定め中だ。


このようにショウゾウは、これまでのように≪魔人≫たちの存在をひた隠すのではなく、このオースレンの都市内に限って、ある程度の行動の自由を許すようになった。

恐れていた光の勢力の全容がほぼ知れたこともあって、≪魔人≫を人材としてフル活用する考えに切り替えたわけである。


こうして≪魔人≫たちが人に紛れて多く暮らすようになると、当然に、≪光の使徒エインヘリヤル≫たちには強い関心を抱かれることになるのもショウゾウの計算のうちであった。

≪魔人≫たちを餌にし、それに≪光の使徒エインヘリヤル≫が釣られてくれれば、一網打尽にすることも容易いと企んだのである。


そして、そのうちにオースレンの街が、王都を上回る都市機能を備えさえすれば、もはや王都は用済みとも思っていた。

再び住めるようにするには多額のコストがかかるし、何よりこのような死者の都となった今、それを元通りにしたとて、そこに住みたいと望む者がどれだけいることだろう。


新光王ルシアンの求めに応じて、わざわざ用意周到に備えているであろう相手の縄張りテリトリに自ら乗り込んでいく必要性などまるで無い。


源平碁の盤面のように隅から隅まで黒一色にしていき、もはや戦況が覆り様もない状態になってから、ゆるりと中央の白をひっくり返してやれば善いのだ。



だが、こうしたショウゾウの目論見が見抜かれていたのか、何者かの入れ知恵か、≪光の使徒エインヘリヤル≫たちは王都から一向に動こうとしなかった。


神出鬼没に各地に現れてはその猛威を振るっていたのが、その活動も鈍化し、今は廃れた王都に引きこもってしまっている。


光の使徒エインヘリヤル≫が何をしているのか、≪鳥魔≫ストロームと≪眼魔≫ベリメールに探らせてはいるのだが、さすがに≪白輝びゃくき城≫の内部までは探ることができず、王都の異様な変化の過程を上空などから知るのがやっとであった。


今やまさしく死人たちの巣窟と化している王都であるが、この短期間のうちに、都市内部の様子は様変わりした。

動く屍が徘徊し、夜になると火の玉が飛び交う地獄の如き、おぞましい光景が繰り広げられていたのであるが、その王都に周辺地域からさらにおびただしい数の死体が続々と集まってきているという耳を疑うような報告があったのだ。


その死体たちは、比較的に最近命を落としたと思われる者ばかりで、その服装から、戦場で命を落とした兵士や行き倒れた飢民など様々であるらしい。

自らの足で歩く者、這って進む者など、死者たちのおぞましい様子を目の当たりにした行商ぎょうしょうや旅人たちの口から語られた話は、酒場などで持ちきりとなり、それがギヨームを通じて、ショウゾウの耳にまで届くほどであった。


かつて贅沢なほどの量の≪照明石≫の光で照らされていた王都が、日々増え続ける無数の幽魂ゆうこんによって、闇夜にその姿を浮かび上がらせているのは、何とも不気味で、≪魔人≫であるストロームでさえ、背筋に冷たいものを感じたほどだという。


死者たちを集めて、≪光の使徒エインヘリヤル≫が何を為そうとしているのかは不明であったが、互いに警戒心を募らせた結果、ある種の膠着こうちゃく状態に入ったのは明らかであるようだった。


こうした情勢を踏まえて、ショウゾウは、新光王ルシアンに「現段階では、王都を奪還しない」と伝えたのであるが、それを聞いた当人は最後まで不満げな様子であった。


いくさにおいて最も大事なのは勝つこと。

勝利の道筋が見えぬ以上、自ら進んで敵の縄張りに攻め入るなど愚の骨頂である。


故に、今、ショウゾウが為すべきは目下、最大の敵である≪光の使徒エインヘリヤル≫の動向を見極めつつも、自らの陣容を厚くすることであった。


迷宮の守護者たる闇の眷属たちを解放し、彼らの力を有効利用しながら、ノルディアス王国を復興させ、この大陸に再び安定と平和をもたらす。


そのための第一歩がウプサーラ王国制圧だった。


これを足掛かりに、大陸内の他国を順に滅ぼしていき、最終的にはノルディアス一国が全土を支配することで、戦争が起こりようのない統一状況を作る考えなのだが、この決断をするのには、かなりの苦悩があった。


戦争とは愚かなものだとショウゾウは常々、そう考えていた。


だが、周辺を海に囲まれた、決して大きいとは言えないこの大陸の規模においては、営々と続いてきた六か国間のくだらない領土争いを続けていくよりも、今仕掛けられている侵略戦争を契機に、一気に覇権を握ってしまった方が長い目で見て死者が少なくて済むと思い至ったのだった。


兵同士による戦闘を極力避け、各国を支配している王侯貴族らのみを皆殺しにすれば自然と国は一つになり、あとはそれが間違った方向に行かぬように自分が制御すれば善い。


治世においては治世の、乱世においては乱世のやり方があるのだとショウゾウは自らに言い聞かせたのだった。


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