第244話 ルカの決意

背に光る翼を持つ女戦士は、何も感情が読み取れないような暗い瞳で、自らに剣の切っ先を向けてきたマルセルを見た。


「……懐かしいな。そのような古代魔法王国期の量産品で、我に挑もうというのか? 人間の剣士よ」


女戦士は、一度、マルセルの持つ愛用の剣≪レッド・ウェラー≫に目をやると、再びマルセルに視線を戻した。


古代魔法王国期……。

また自分の知らない言葉が出てきた。


「お前は一体、何者なのだ。その背にある翼のようなものは、王都を襲った怪物たちと同じものだな?」


「待て! マルセル。この者は我らを危機から救ってくれたのだぞ。敵ではない」


「ルカ様、敵か味方かは状況により、いくらでも変化します。正体がわからぬ相手に心を許してはなりません」


ようやく這って、モリスがルカのところに辿り着き、その二人をマルセルが庇うようにして前に出る。


「正体か……。自分が本当は何者であるのか。それが分かっておればこのような場所を彷徨ってはいない。……われの名はスケッギヨルド。十三体の≪光の使徒エインヘリヤル≫のうちの最後に造られた個体。我は加担してはおらぬが、お前の言う通り、王都を襲った怪物たちというのは我の仲間だ」


「王都ではたくさんの人間が死んだと聞く。彼らが何をした?罪なき無辜むこの民たちの命を奪った理由はなんだ? 人と変わらぬ姿をしているが、畜生にも劣る所業。我らに近づいたのも、何らかのたくらみあってのことだろう。違うか?」


「先ほども言ったが、我は王都での殺戮には加担してはおらぬ。信じてはもらえないであろうが、我には人間を殺す理由がない。お前たちを助けたのも、我がそうしたかったからだ。他意はない」


スケッギヨルドという名であるらしい女戦士の表情は乏しく、声には感情の起伏は感じられない。

ただどこか寂し気な感じがするのはなぜであろう。


「マルセル……。頼む。剣をおさめてくれ。私は、もう少し彼女と話がしたい。これまでの話だけでも、私が欲してやまなかった多くの知識が得られた。……私は知りたいのだ。この世界の本当の姿を、そして隠された真実を!あの闇の怪老やこの≪光の使徒≫と呼ばれる存在たちが、突如としてこの世界に現れたのはなぜか。世界はどのように変容して、私たち人間はどうなってしまうのか……。私のこの頭の中にはあまりにも多くの謎が解決できずに、そのままの形で積み重なってしまっている。もし仮にこのスケッギヨルドがよこしまな考えを抱いていて、私を殺す者であったとしても、それならばそれで一向に構わない。先を見通せぬ闇の中で、白痴のように、右往左往し、運命に翻弄され続けるよりはマシだ。私は……それだけは嫌なんだ」


「ルカ様……」


スケッギヨルドが、突然、背に負っていた黒鋼の大剣を降ろし、地面に放った。


「何の真似だ?そのようなことで、信用……」


言葉の途中で、マルセルが口をつぐんだ。


見るとスケッギヨルドの右の瞳からだけ、涙が一筋こぼれていたのだ。

その顔は相変わらず無表情のままであったが、涙をそのままに、あらぬ虚空に視線を漂わせている。


「人間の剣士よ。我のことを信じずともよい。だが、しばしその者と語らう時間をくれぬか。たまさかの出会いではあったが、その者の言葉は、なぜか、ひどく我を引き付ける。飽くなき探求心ゆえか、それともその身に宿した苦悩ゆえか。……我もまた本来の自分を見失い、それを求め彷徨う者。お前たち人間のことをもっとよく知ることで何かが取り戻せそうな、そんな気がしているのだ。頼む。この通りだ……」


まさに異様なる存在としか言いようがない怪物が、涙を流し、懇願してきたこの状況をいかに考えるべきであろうか。


先の見通せない状況に差し込んだ一筋の希望の光か、それとも破滅へのいざないであるのか。


何とも言えない微妙な雰囲気になってしまったことにマルセルとモリスは複雑な表情をして、戸惑っているようだったが、ルカの心はもうとっくに決まっていた。


例え、自らの命を失うことになろうとも、そしてここまで付き従ってくれたマルセルたちと袂を分かつことになっても、このスケッギヨルドの手を取る。


そういう決意であった。

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