第243話 迷える使徒

「礼には及ばない。闇に連なる者を討ち、善なる者を守護するのは、われら≪光の使徒エインヘリヤル≫の本来の役目」


女戦士は何も感情が宿っていないかのような無表情で、ルカに言った。


「エインヘリヤル……」


「そうだ。オルディン神により生み出されし、われらはその為に存在している。人の子らよ。なぜ、このような場所にいる? 」


オルディン神によって生み出された?

ルカはこの何気なく放たれた言葉に内心、強く衝撃を受けた。


言い回しが古めかしく、使う言葉もそうであったので正直、滑稽さを感じずにはいられないところであったのだが、それが頭の中から吹き飛んでしまうほどに、己が未来に光を見失いかけている今のルカには印象的であったのだ。


見た目は、筋骨たくましく、女性としてはかなり特異な風貌であったのだが、それでも人間の範疇は超えていないと思われた。

だが、その人間が、まるで神の使いであるかのような発言をするなど、これまでであれば、世迷言をと笑って聞き流すところであったのだろうが、こうして魔物が地上に蔓延はびこり、人間を超越した力を持つ者たちが次々とその存在を現しはじめたこの世界においては、やけに真実味を増す。


しかも、自分たちが絶体絶命の危機に陥っていたディングィルの群れを、このように一瞬でほふってしまう凄まじい膂力の持ち主なのだ。


奇しくも、自分たちはそのオルディン神の遺した過去の叡智から、見失ってしまったおのれの前途に対する何らかの導きを得るために旅をしている。


これはまさに天の配剤はいざいというやつではないかとルカは思った。


「た、旅をしている途上なのです。私たちはオルデンセ島に向かう途中、これらの魔物に襲われ、絶体絶命の危機でした。貴女がここに現れてくださらなければ、ここにいるマルセルはともかく、私の如きものはこうして口を利くことも永遠にできなくなっていたでしょう」


「オルデンセ島……。神の島に何の用があるというのだ? それにお前は?」


「私の名はルカ。今やその影響力をこのノルディアス全体に及ぼそうと暗躍する闇の怪老や王都を占拠しているという謎の怪物たちなどからこの国を救うべくの知恵を授かりたく、そこに住まう人々を訪ねたかったのです。オルデンセ島には、太古の昔より遺された碑文や古文書のようなものが多くあり、さらには神々の教えが口伝によって継承されているのだといいます。われら人間はあまりにもこの世界について無知すぎた。この世界を我がものと思い上がり、古き神々の存在をないがしろにしすぎていたように思われるのです。人ならざる力による危機は、人ならざる力でしか対抗できない」


「お前は今のこの世界の有り様にただならぬ危機感を覚えているのだな。運命を享受することしかできぬ人の身で、そのようなことを考え付くとは……。ルカと言ったか……まれなる者よ」


「はい。数奇な運命としか言いようがありませんが、闇の怪老との関わりにより、地位も名誉も、故郷すらも失いました。今の私にあるのは、こうしてついて来てくれている旅の供のみ。もはや、この命もさほど惜しいとは思いませんが、この世の隠された真理を探究する心と、言葉は汚いですが、あの闇の怪老に一泡吹かせてやりたいという気持ちは不思議と消えてなくなることは無いようなのです」


ルカは頭を掻きながら、いささか恥じ入ったような笑みを浮かべた。


「闇の怪老に一泡吹かせる……か。私はその闇の怪老という存在は知らぬ。だが、おそらくお前たちを窮地に陥れたのは、まさしくその心根こころねなのかもしれぬな」


「心根、でございますか?」


「そうだ。お前たちが気が付いていたかはわからぬが、実はこの周辺の魔物たちは異常な行動をとっていた。移動するお前たちに強く興味を持ち、遠巻きにではあるが、あとをつけるような行動をとる個体もいくつかいたのだ。よほどの空腹ではない限り、ただの人間を襲う様なことはこの時代の魔物たちはせぬようであると確信を得かけていたところであったが、お前たちが現れたことによって、面白い現象を目の当たりにすることができた」


「私たちに興味を? なぜ?」


「魔物というものは、自らの造物主、あるいは闇の世界の支配者であると認められた≪魔王≫という存在に強く惹きつけられ、それに寄り添い、付き従おうとする。それはあたかも人間が神を崇拝する如く、それが本能として刻み込まれているのだ。お前が先ほど言った闇の怪老……。おそらくその者が今世こんぜにおいては、≪魔王≫に当たる存在なのだろう。その者に対する、お前が持つ強い敵意に魔物たちが反応したのだ」


「あのショウゾウが魔王? つまり……、魔物たちは魔王に敵対するものを嗅ぎ取り、それを襲うと?」


「魔王や魔物についてはそれほど多くのことがわかっているわけではない。だが、とにかく魔物たちはお前たちに普通の人間以上の何らかの関心を示しているのは確かなようだった」


思い当たる節はある。

オロフソフ伯爵軍の屍で埋め尽くされた戦場跡においては、そこにいる魔物たちはさほどルカたちに関心を示していたようには見受けられなかった。


だが、オースレンに立ち寄り、旅を続けるうちに、闇の怪老に抗する手段を得るのだという目標の輪郭がはっきりしだしてくると、それに伴って魔物との遭遇率は高まって来ていたように、今の推理を聞いた上では思えなくもない。


「それが真実だとすれば、恐るべきことだ。自分に敵意を抱く人間の存在を許さない世界。そういう世界が到来しつつあるということなのか」


「現時点では憶測に過ぎない話だ。討つべき闇の姿はなく、我もまた進むべき道を見失ってしまっている」


女戦士の背に突如、光り輝く、いや光そのものでできていると言っていい翼が出現し、ルカたちは度肝を抜かれた。


この女戦士のことを、変わり者ではあるが並々ならぬ実力者ではあるという程度にしか考えていなかったマルセルは、動転し、思わず剣を抜くとルカを自らの方に引き寄せつつ、立たせた。


モリスは委縮してしまい、その場から動けないでいる。


王都を襲ったという光の翼を持った怪物の噂が、皆の脳裏に蘇ったのだ。

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