第237話 偽りの仮面

ショウゾウは、アラーニェに目くばせし、手のひらを見せて、余計なことをするなと仕草で伝えた。


余計なことというのは、戦闘を仕掛けたり、他の魔人たちを呼んだり、会話に加わるなどをするなということだ。

儂に任せろ。

眼でそう訴えかけた。


ショウゾウはアラーニェを庇うように移動し、ロ・キに向き直った。


「せっかく善い雰囲気だったのに、随分と無粋な神なのだな。このような場所までわざわざやって来て、いったい何の用か」


「……それはすまなかったな。だが、それも仕方のないことだろう。お前は≪虚界ヴォダス≫に引きこもってなかなか表の世界に出てこない。用があっても、俺がこうして出向くほかはないではないか」


「確かに。それはすまんことをしたな。神自ら御足労頂くことになるなど、なんと畏れ多いことか。主な居場所であるとか、連絡手段を教えてくれれば、こちらから出向くものを……。しばらく会っていなかったが、何をしておられたのかな?」


「フフッ、久しぶりの故郷をあちこち見て回っていたのだ。まったく、どこもかしこも変わり果てた。古き良き神々の世界はどこへやら、思い上がった人間が我が物顔で地上に蔓延はびこっている」


「ふむ、ロ・キ神は人間がお嫌いか。それで、あちこちで戦の火種をつけて回っておられるのか?」


これは当てずっぽうだった。


様々な姿にその身を変えて、王都の≪白輝びゃくき城≫に足繁く通っているのを、≪眼魔≫ベリメールの報告で把握はしていたものの、各国のノルディアス侵攻に関与していると思われる情報は得ていなかった。


ただ、≪呼び名ケニング≫の力の喪失を知り、かつそうした仕掛けが可能な者を消去法で推理していくと、おのずと浮かんでくるのはロ・キの青白く歪んだ笑みだった。


「はて、何のことやら。そんな事より、今日は大事な話があって来たのだ。不破昭三ふわしょうぞう、いや、いまや魔王殿とお呼びすべきか。昨夜のヴァナフェイム王国軍の殲滅せんめつ、まずは見事と褒めておこう。その魔王殿に有益な情報を持ってきたのだ。そのように警戒せずに、まずは聞いてほしい」


「ヴァナフェイム王国軍の件は、儂とは関わり合いが無い。オースレンの危機をどうね退けようか考えていたところ、まさに寝耳に水であった。てっきりおぬしが儂に救いの手を差し伸べてくれたのかとも思ったが、どうやら違ったようだな」


「……」


ロ・キは顎の先を手で触りながら、妙に神妙な顔をし、ショウゾウの顔をじっと見てきた。


「おい、何か有益な情報があるのではなかったのか?いきなり黙り込まれては困惑してしまうぞ」


「……そのつもりだったが、気が変わった。不破昭三、少し目を離したすきに、お前、随分と面白いことになっているな」


「なんのことだ?」


「気が付いていないのか? お前の肉体は少しずつ破滅に向かっているんだよ」


また、お決まりの嘘とはったりか。

ショウゾウはいささかうんざりし始めていた。


このロ・キの言葉には実体がない。

虚言に虚言を重ね、こうして中身のない会話をのらりくらりと続けつつ、おのれの思う方向に誘導するのがこのロ・キの手口なのだ。


発せられた言葉の裏側を覗けば、真意を垣間見ることができる。


大事な話などは最初からなかったし、肉体の破滅云々うんぬんも怪しいものだ。

つまり、こいつはただ偵察に来たのだ。

おそらくヴァナフェイム王国軍の件で目論見が崩れ、その修正のためのなにか情報を得るのが目的なのだろう。


「それは妙だな。体の調子はすこぶる善いし、人生で最高の状態だと断言ができるぞ」


これは嘘ではない。

光王家から奪った精気エナジーに付随してきた謎のエネルギーも少しずつこなれてきて、今朝などはもう完全に復調していたのだ。

みなぎる活力と膨大な≪魔力マナ≫が体中からほとばしって、これまでにないほどの万能感に心は満たされている。


「それは錯覚だ。お前は今、とても危うい状態にあるのだ。何が原因かはわからないが、ヨートゥンの闇の力の根源である≪オールドマン≫以外に、それと相克する性質を持つはずの光の力が肉体の中で同時に存在してしまっているのだ。これは万物の摂理において、非情に好ましくないこと。神々でさえ、原則的にその二つを同時に持つことは叶わぬのだ。神々はその神族ごとに宿す属性が異なり、元来は闇の神たるヨートゥンの力と光の属性は相性が極めて悪い。今はまだ、闇の力が優っていてその光の力を抑え込めているが、その力の均衡が崩れた時、人の身に過ぎぬお前の肉体はその相克に耐え切れず消滅してしまうことだろう」


「……随分と脅かしてくれるが、それではお前はどうなのだ? お前とてヨートゥンの息子を名乗っておる以上、闇に属するものなのだろう。だが、お前の言葉は事実と反しているぞ。お前自身、闇魔法以外に、光を含む複数の属性魔法を司っているではないか。儂が得た知識によると、魔法神が契約した術者に与えることができるのは自ら使用できる魔法のみ。それはどう説明する。それに儂を含めて人間の魔法使いは、そもそも複数の属性の魔法を使えるではないか?」


「それは、俺が魔導神たる所以ゆえんであり、凡百の神々とはその存在を異にする特別な神である証左しょうさなのだ。お前如き、ただの人間と一緒にするな!」


何か心の琴線に触れてしまったのか、ロ・キが少し取り乱したように見えた。


偽りの仮面の下の本心が一瞬、垣間見えたような、そんな気がした。


「それでは、説明にはなっていないな。なにゆえ、お前だけが他の神々とは異なり、複数の属性を持つことが可能であったのか。その答えは、何なのだ?」


「……」


「答えたくないならば、まあ善い。だが、もうやめにせぬか」


「やめにする? 何をだ」


「このつまらぬ腹の探り合いをだよ。前に話した時もそうだったが、お前はどこか儂を恐れておるな」


「馬鹿な。神たる俺様が、下等な人間に過ぎない、お前を? 笑わせてくれる。肉体は若返っても、頭は耄碌もうろく爺のままなのだな。どこからそんな考えが浮かんでくるのだ。その頭の中身を叩き割って、覗いてみたいものだな」


「いつもそうして、誤魔化し、はぐらかし、そしてそれができなくなると一方的に話を打ち切り、去ろうとする。なあ、腹を割って、話してみぬか。ロ・キよ。おぬし、儂にやらせたいことがあるのだろう。このような回りくどいことはせずに、本心を語れ」


「思い上がるな!人間が、神に本心を語れだと!」


「人間、人間と、随分、そのことにこだわるのだな。何か人間に恨みでもあるのか」


うるさい、黙れ! うぅ、やはりお前と話すのは、気分が悪くなるな。慈悲心じひごころなど出して、貴様の皺だらけの顔など見に来るのではなかったわ」


ロ・キは逃げるようにショウゾウに背を向けると、≪魔洞穴マデュラ≫を出現させた。


「逃げるな!」


「逃げるなだと……。誰が逃げたというのだ」


どこか、今日のロ・キは様子がおかしい。

心にいつもの余裕がなく、どこか焦りのようなものを感じる。

会話のどのあたりからか、その視線に何か戸惑いのようなものが浮かび、そこからこの調子だ。


「 儂にやってほしいことがあるなら、はっきり言え。前にも言ったが、死を待つばかりだったこの儂に再び生きる機会を与えてくれたお前には恩もある。お前が望む通り、動いてやろうではないか。いかなる企みがあろうとも一向にかまわぬ。話してみよ」


ショウゾウの言葉に、ロ・キは圧倒されたような表情になったが、すぐに我に帰ったのか、表情を取り繕った。


そして、「誰が、お前などに……」と捨て台詞を吐くと≪虚界ヴォダス≫から出ていった。

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