第236話 魔物の本能

「……駄目だな。これは、魔物を操れるとかそういう類の力ではないようだ。魔物たちとは具体的な意思疎通はできぬし、何と言うかな……向こうが儂の意をくみ取って、勝手に動いているというか……一言で言うと忖度そんたくのようなものかもしれぬな」


アラーニェの推理を確かめるため、ショウゾウは、≪虚界ヴォダス≫において、魔人たちが支配下に置いている魔物たち相手の実験をしてみたのだが、その結果は芳しくなかった。


「お手」や「おかわり」など簡単な指示を口頭で命令しても魔物たちは戸惑うばかりであったし、魔人たちが≪使役≫の能力で与えた別の命令を止めさせるように念じてみたがほとんど効果は無かった。

魔物たちは常にショウゾウの一挙手一投足を気にしていて、近づくとひれ伏したり、道を空けたりするなど、迷宮内での魔物の大量発生時と同様の態度をとるが個別の命令には従わなかったのだ。


ただ、この実験で気が付いたのだが、魔物たちはショウゾウの感情にとても敏感だった。

苛立ちや落胆の感情を抱くと、とたんに落ち着かない様子を見せ、ふと思いつきで、強い怒りを魔物たち自身に向けて見たところ、服従を表す行動をとったり、一目散に逃げ去ったりした。


どうやら魔物たちの行動に自分の感情や意図が何らかの影響を及ぼしていることだけは確認できたのだが、それがなぜヴァナフェイム王国軍の襲撃につながったのかということについてはわからずじまいだった。


魔物たちが自ら考え、行動した。


そうとしか考えられなかったので、忖度そんたくという表現を使ったのだ。


儂が好むこと、好まぬこと。

それを常に伺い行動することで気に入られようと媚びへつらう。


元の世界で闇の大物フィクサーとして君臨していた時も、ショウゾウに対して周囲の者たちはそうした態度や行動をとるなどしてきて、それが当たり前のことだと自分も受け入れてきたのだが、そうした過去の状況と魔物たちの行動がどこか重なって見えたのだ。



「魔物たちは、基本的に同種の群れ、あるいは単体で行動し、おのおのの生存本能に従い生きています。つまり、魔物たちとて迷宮内で生成され続けているものを除けば、この大陸に生息する他の野生動物と何ら変わるところは無いのです。棲息した時代が異なるとでも申しましょうか。魔物とは、神や精霊、そうしたものの影響を強く受け、生存のためにそのように適応した種とでも表現することができるかもしれません。ゆえに個体差はあるでしょうが、人語を理解する高知能のものを除けば、訓練や調教などをせずにショウゾウ様の命令を理解させることは難しいのかもしれませんね」


「ふむ、気まぐれな儂の感情に影響されて動くとなれば、危ういことこの上ないな」


「それは、それほど心配する必要はないかと……」


「それはどういうことだ」


「あのレイザーやエリック、そしてエリエンなど、ショウゾウ様が目をかけている者は当然としても、先日行動を共にしたばかりという冒険者たちも魔物たちに襲われることはなかったのでございましょう? 」


「フェイルードたちの事か。ああ、確かにレイザーたち同様に襲われたりということは無かったな」


「用心深いショウゾウ様のことですから、行動を共にしたばかりのその者たちに対してはまだ全幅の信頼を持ってはいなかったでしょうし、悪い印象の者もいたはずです。レイザーたちにしても疎ましく思ったり、腹が立ったり、そういうこともまったくないというわけではないと思われます。それに対して、逐一、魔物たちが行動を起こしたりということは無いわけですから、それは安心していいと私は考えます」


「確かにな」


此度こたびの実験で、私が思い浮かぶのは、魔物たちがああした行動をとるにはなんらかの条件に当てはまる必要があるのではないでしょうか。例えば、ショウゾウ様、あるいはショウゾウ様が所属している集団……群れなどに対して、強烈な悪意、殺意、害意など抱いていることなどを本能的に察したとか、そういう何らかの危機的状況を感じ取った場合に限られるのではないでしょうか」


「そう思いたいところだ。制御できぬ力など全く意味を為さぬばかりか、己が身を滅ぼしかねないものであるからな。闇の怪老などと不本意なレッテルを張られ、光王家の者たちに命を狙われ続けている状況では、こうした事態は起こらなかった。違いがあるとすれば……」


ショウゾウは、自分の胸に手を当て、その場所に宿った≪従魔じゅうまの刻印≫を思い浮かべた。


「≪従魔じゅうまの刻印≫といえば、やはりあのロ・キの動向が気になります。≪光の使徒エインヘリヤル≫たちとも接触を持っているようですし、もしかすると今回の各国の侵略にも何か関わっているかもしれませんね」


「うむ。儂もそのことを考えていた。この大陸の歴史を知るほどに、いかに各国が光王の持つ≪呼び名ケニング≫の力を恐れていたのかよくわかるようになった。にもかかわらず、このタイミングで一斉に侵略を仕掛けてきたのはどうにも、何者かの意図を感じざるを得ないな。≪呼び名ケニング≫喪失の事実を知る者はそれほど多くはない。これほど早く、そうした他の国々にまで知れ渡ったのはとても異常なことに思われる。光王家の者たちですら、≪呼び名ケニング≫がどのようになったのか、終ぞわからず仕舞いであるのだからな。ヴァナフェイム王国軍がまだ健在であったなら、上の者をひとりかふたり攫って、尋問でもしようと思っておったのだが、被害状況を聞くにそれも難しかろう。……アラーニェ」


ショウゾウはそこで会話を切り、小声でその名を鋭く呼んだ。

同時に、向かい合って立っているアラーニェに目配せする。


アラーニェも察したらしく、頷いてみせた。


ここは伏魔殿の外。


実験も終わり、二人きりの状況だったのだが、≪虚界ヴォダス≫内のすぐ近くの空間にひずみが生じたのだ。


その歪みはやがて≪魔洞穴マデュラ≫となり、その大きな闇の塊から何者かが姿を現した。



「やあ、御両人。こんな薄暗い場所でひそひそと……逢引きでもしてたのかな?」


作り笑いを浮かべながらやってきたのは、今しがた話題に上っていた張本人のロ・キだった。


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