第232話 朽ちた巨木

新光王ルシアンにより王族百名以上が殺害されたというあまりにも衝撃的な出来事の報せは、ショウゾウの思惑通り、瞬く間にノルディアス中を駆け巡ることとなった。


即位式典のあとの宴でのこと。


トゥオマス財務卿が酒に酔った勢いで、新光王ルシアンに≪呼び名ケニング≫を真に宿しているのかと詰め寄る一幕があり、他の王族たちからも同様の疑問が上がったところ、場はにわかに険悪な雰囲気になってしまった。

新光王ルシアンはこの無礼に対して、大いに怒り、その身に宿した神の力で、その場にいた出席者全員を焼き殺してしまったというのが、ショウゾウによって創作されたこの話の顛末であったのだが、その後、その惨劇の場となった中庭は、そのまましばらく見せしめとして多くの者たちの目に触れられることとなり、その焼け焦げた無数の焼死体のむごたらしい有様ありさまは、事件の概要と共に、人の口から口へ、新たな光王の恐ろしさの一端として広く伝わっていったのである。


この惨劇に関する報告をオースレンから戻って来た使者の口から聞くことになった各地の領主貴族たちは、「ルシアン様こそ、真の≪呼び名ケニング≫の継承者に違いなかったのだ」と自ら出向かなかったことを深く後悔し、その怒りの矛先がおのれに向かないことを強く祈るほかは無かった。


そして、いかに≪呼び名ケニング≫という力の存在が恐怖の象徴として高貴な人々の脳裏に焼き付いているかがわかる象徴的なやり取りがあった。


光王の即位式典に参列できなかったことで死なずに済んだ他の王族、すなわち焼死体となった被害者の遺族たちであるが、自分たちの身内を殺されたにもかかわらず、それを抗議すらせずにひたすら慈悲を新光王ルシアンに乞うたのだ。


これに対し、ルシアンが出した答えは、このオースレンに持ち込んできた全家財の没収と引き換えの助命である。

王都と≪白輝びゃくき城≫を失い、窮乏している光王家の再興の原資に充てる名目で、これに従う者はオースレン外への追放、抗った者は新光王への叛意はんい有りとみなし死罪とした。


これらは実はすべて、ショウゾウの考えであったのだが、先々のことを考えれば莫大な資金が必要になるであろうし、何より無駄に多い王族たちの力を削ぎつつ、不安定なルシアンの政権地盤を強固にする一石二鳥の策であると思われたのだ。


ルシアンたちから説明を受けた、王族のみによって構成される宮廷中心の仕組みは無駄が多く、その形骸化されていた実態から、滞りないまつりごとをするためにはその下に司王院という別の実務的行政機関を置かねばならぬなど、改善する必要が大いにあった。


ショウゾウはこの統治のための機構を一度すべて破壊してしまうつもりでいた。


この異世界に来てまもなくの頃のショウゾウは、この国の制度や組織はそのままに、それらを牛耳ることで己が意のままにすることを目標にしていた。


だが、現在は、周辺国の侵略や≪光の使徒エインヘリヤル≫の出現に翻弄されるノルディアス王国の脆弱な有様を見て、考えを改めたのだ。

如何に支配力を強め、この国の権力の中枢を握ろうとも、この国自体がこのような情けない有様では全く意味を為さないと。


巣食うに足りぬ、朽ちた巨木であれば切らねばならぬ。


九百年以上続くとされる光王家の盤石の支配は、所詮、≪呼び名ケニング≫という人知を超えた神の力に依存しきった、いびつで、不完全なものだった。


そのもといとなる≪呼び名ケニング≫が失われてしまえば、その上にあるのはまさしく砂上の楼閣だ。


儂が欲しいのは、そのように吹けば飛ぶようなものではない。


財産の接収や都市外に留め置かれた各王族の私兵団などの武装解除については領王ギヨームに行わせた。


現在、自ら動かせる兵を持たないルシアンは、文字通り、これを指をくわえて眺めていることしかできず、尊い光王家の血が失われるような方策は控えるべきだとショウゾウに抗議してきたのだが、それに対して返した答えがこれだ。


「何が尊いものか。そのオルドの血によって継承していくべき≪呼び名ケニング≫自体が失われたのだ。無駄に、頭数ばかり増やしてどうする。これからは、血統に依らず、能力の有無によって国を支える人材を選ぶべきだ。生まれなど、どうでもいい。あの肥え太った餌を待つ家畜のような光王家の者どもの姿とオースレンでの無法ぶりを思い返してみよ。国家の危機に何ら役にも立たず、血の貴賤きせんのみを拠り所に民から搾取することばかりを考えている。同じ人間でありながら、オルドの血を引かぬ者を蔑み、物や奴隷のように扱う。あのような無能どもに払うろくなど、それこそ無駄な支出であり、国家の損失だ」


ルシアンだけではなく、デルロスもこのショウゾウの返答には何も反論することができなかった。

同じ光王家の者としては、承服しかねる内容であったはずだが、自分たちの置かれている状況が理解できてきたのか、あるいは何か響くものがあったのか、うつむき、それ以上の言葉は出てこなかったようである。



ショウゾウは、このルシアンの新王即位を皮切りに次々と手を打ち始めた。


オースレンを仮の都に定め、その守護を領王ギヨームに任じるとともに、大将軍デルロスには侵略してきた周辺諸国の軍討伐を命じた旨を、光王ルシアンの署名が入った書状により、各地の領主貴族たちに伝えた。


大将軍デルロスは心身に未だ不調を抱えてはいたが、国難を退けるために身命を賭すと出陣を了承し、吸収した各王族の私兵とデルロスの名を慕って集まって来た光王兵を寄せ集めただけの軍三百のみを率いて、オースレンを出立した。


デルロスの率いる軍には、討伐軍とは言いながらも、ショウゾウの進言通り、最も近くまで兵を進めているヴァナフェイム王国軍には向かわず、募兵をしながらゆるりと各都市を巡るような進路を取らせた。


そして≪音魔≫アモットと≪火魔≫オルゾンを密かに付けてやり、光王家の旗印的存在の大将軍デルロスの護衛兼見張り役とした。

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