第231話 玉座への道

降り出した雨は、やがて土砂降りになり、その大きな無数の雨粒は式典会場に横たわる百を超える数の屍たちの上に降り注ぎ続けていた。


焼け焦げて炭化し、もはや生前の面影は無い。

年齢はおろか性別さえわからぬほどの凄まじい有様ありさまで、それらが折り重なっているのを、ショウゾウはただ無言で眺めていた。


前光王ヴィツェル十三世の直系及び外王家出身の王族からなるこの焼死体たちは、一度、ショウゾウのスキル≪オールドマン≫の≪広範囲吸精ジェノサイド≫で命を吸い尽くされた後、ある目的の偽装のため、光魔法の≪天威招雷ジャスア・ラ・ガーン≫で死後に焼かれたものだ。


天威招雷ジャスア・ラ・ガーン≫は、大魔法院の大師ヨランド・ゴディンによってその身に受けたことがあり、具象化のための確固たるイメージが自身にあった。

これにより、≪光の使徒エインヘリヤル≫から奪った能力で再現が可能だったのだ。


秘文字ルーン≫の恩恵が無い分、威力はかなり落ちるのではないかと思われたが、自分が受けた魔法のイメージを忠実に再現したためか、ごっそりと≪魔力マナ≫を消耗した代わりに、あの時受けた≪天威招雷ジャスア・ラ・ガーン≫と同等のものであった。


この実験の成功により、光魔法についてはあらかたのものが、魔導神ロ・キの手を借りなくても再現可能である自信をショウゾウは深めることになった。



雨が上がり、先ほどとは打って変わって、青空になった。


しばらくして城の門が開き、ルシアンたちがやってきた。

ギヨームには、頃合いを見てルシアンとデルロスだけを式典会場になっていた中庭に連れてくるように命じていた。


「こ、これは一体……」


ルシアンは口を手で覆い、目の前に広がる地獄のような光景にうめいた。

デルロスは顔を背け、そして天を仰いでいる。


彼らにしてみれば、この屍たちは皆、血縁者ばかりであり、親しい者も当然いたので、この反応は想像できていた。


「驚かせてしまったようだな。すまぬが、少し予定を変更した」


「……予定を変更しただと!? ふざけるな! なんだこれは……、こんな非道が許されるとでも思うのかっ……貴様……」


ルシアンが激昂し、ショウゾウに掴みかかろうとしたが、デルロスがそれを慌てて止め、両者の間の距離を空けようと、そのまま後退った。


「落ち着け、ルシアン……。これはどういうことなんだ。説明してくれ、ショウゾウ」


ルシアンを背後から抱き押さえ、自身も憎悪を両目にたぎらせながらも、努めて冷静にデルロスが尋ねてきた。


雨に打たれて、濡れそぼったショウゾウは大きく息を吐くと、二人に向き直り、そして説明を始めた。


「当初の計画では殺すつもりはなかった。こやつらの協力を得て、旧来の行政機能を回復し、光王家の威光をもって、ノルディアスの再興を目指すつもりであったのだ。だが、状況を整理しているうちに、それでは不足だという結論に至った。こやつらがこのオースレンにやって来て、城下で起こした数々の問題の報告を聞いたのも理由の一つだが、何よりこれから先、他の光王家の者たちをお前が率いていくうえで、決定的に欠けているものがあることに気が付いたのだ」


「欠けているものだと?」


「……恐怖だ」


ショウゾウの言葉に何か感じ取ったのか、二人は沈黙し、それぞれに表情の変化があった。

ショウゾウは、それがどんな感情であったのか測りかねたがともかく話を続けることにした。

理解が得られるとは思っていなかったが、説明を尽くす義務はあると思ったのだ。


「お前たちのことを知るほどに、確信を深めたのだが、長きにわたる光王家の盤石の支配を可能にしていたのは、やはり恐怖だ。それは歴代光王に宿るとされる≪呼び名ケニング≫の存在がもたらすものであり、それをお前は有していない」


「何を今さら! 私に光王になれと言ったのは他ならぬお前ではないか」


「そうだ。支配に飼いならされたこの国の民を一つにまとめるには、やはり光王という存在が最も効率的であると考えたのだ。領王を自称したギヨームに反発した領主貴族たちの反応を見ろ。誰も時代の変化を望んではおらぬ。強く、そして恐ろしい光王という唯一無二の存在にひれ伏し続けることを皆、望んでいるのだ。だが、この式典のために集まって来た者たちの様子をお前たちも見ただろう。誰一人として、お前を畏れ敬ってはおらぬ。光王を自称する以上、当然に≪呼び名ケニング≫は継承したのだろうという思い込みは、現時点ではあったのだと儂は思う。だが、この先、お前が何の力も持たぬただの若造であることを次第に悟られれば、再びくだらぬ権力争いが生じることは想像するに難くはない。我も、我もと光王を自称する者が出てくるやもしれぬし、ルシアン、お前をないがしろにして、己が権勢を誇る者も現れるであろう。ゆえに、儂はある演出をすることを思い至った……」


ショウゾウは、青ざめ始めたルシアンの顔を指さしながら、ゆっくりと歩を進めた。


「これは……この惨状は、お前が行ったことだ。お前が≪呼び名ケニング≫を使い、この欲まみれの無礼者どもを焼き払ったのだ。神の怒り。神の雷。これこそがお前の力だと世に知らしむるのだ」


「ば、馬鹿な……。このような鬼畜の所業をこの私が行ったことにするのか? ふざけるな、そのようなことできるはずがない。俺は前王とは違う。慈悲深く、善き王になるのだ。こんなのは間違っている」


「愚か者め。外敵に国土を侵され、未知の力を持つ怪物に王都を占拠されている。今や滅亡の憂き目にあっていることが理解できておらぬのか? 今、必要なのは善き王ではなく、強き王だ。国難を退け、敵を滅ぼす。お前は武力をもって、乱れ切ったこのノルディアスを一つにまとめ上げねばならんのだ。儂はあくまでもその手伝いをする。このような惨事ひとつに狼狽えていては、この先、やっては行けぬぞ。多くの血で染め上げられた玉座への道を歩むのだ。ルシアン、覚悟を決めよ」


ルシアンは悪魔でも見るような顔つきをしていたが、背後のデルロスはどこか事態を受け入れたようなそんな様子だった。

ここ最近の様子を見ても、精神的な不安定さは相変わらずであったが、やはり幾多の戦場で功を上げた将軍であったという話は本当だったようで、目を背けたくなる現実を受け入れたようだった。

加えて、愛息の死によって、何か強い覚悟のようなものが備わったのかもしれぬとショウゾウはその目を見てふと思った。


「ルシアン、悔しいがショウゾウの見立ては間違ってはいないと思う。この先、大勢の王族に囲まれて、≪呼び名ケニング≫の不在を隠し通すのは困難だ。だからといって、このような非道をしても良いということにはなるまいが、ひとまずは落ち着こう。死んだ者たちは、もう帰っては来ない」


「しかし、あの中には私の叔父や従兄弟たちも列席していたのだ。それを一網打尽に……」


デルロスやルシアンの実家族は、このオースレンには辿り着いているものの、それぞれ家長が主催者の一人であるため、その他の身内の臨席は遠慮してもらうようにショウゾウが指図していた。

それで、最悪の事態だけは免れたのだが、普段の同族間の仲の悪さがたとえあったとしても、相当の衝撃がルシアンにはあったようだ。


「儂のことを恨みたくば、恨め。それで気が晴れるならな。だが、これで、生かしてこの場から帰した領主貴族たちの使者や街の有力者、さらには死んだ王族の遺族たちの口を通して、お前の恐ろしさと≪呼び名ケニング≫を宿しているであろう確証のような風聞がこの国全土に、あっという間に広まることであろう。この血の粛清には、それだけのインパクトがある」


もはやルシアンには、何も言い返す力が残っていなかった。


自分が為そうとしていたことの本当の困難さと同時に、自分がとてつもなく恐ろしい相手と手を組んでしまったことに気が付かされたのだった。






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