第八章 惨劇の幕開けと闇の支配者

第230話 惨劇の幕開け

ルシアンが新たなる光王として名乗りを上げ、それを内外に示すお披露目のための式典がオースレンの領王ギヨームの城で行われることになった。


この式典のために入念な準備をし、当日を迎えたのだが、その日は生憎あいにくの曇り空で、遠くの空に暗く、分厚い雲が広がっているなど、決して好天に恵まれたとは言えない状況であった。


それでも各地から光王家の血を引く者たちが、各方面の国境侵犯などの戦禍を避ける目的もあって、家財一式、一族郎党引き連れて、このオースレンに集まってきており、その他にも近隣の領主貴族の代理の使者などが祝意を携えて大勢やって来ていた。


領主貴族たちにしてみれば、今まさに自領が他国の侵攻に晒されようとしており、それどころではない状況ではあったのだが、新たな光王の誕生に何ら忠誠の意思を示さないのは、身の破滅につながるため、やむなく使者を送るという形を取ったようである。

加えて、領主たる地位を簒奪し、梟雄のイメージがすっかり定着してしまった感のある領王ギヨームの治めるオースレンが即位宣言の場であったことも領主貴族本人の臨席が躊躇われた理由の一つでもあったかもしれない。


オースレンの街はこの国が戦時下にあるとは思えないほどの賑わいとなり、それと同時に多くのトラブルに見舞われることとなった。


別天地に住まい、外の世界の常識というものからかけ離れた光王家の者たちは、自分たちが置かれている状況も鑑みずに多くの無理難題を主張したため、住民たちとのいさかいが頻発してしまったのだ。

中には流血を伴う事件もいくつか起こったが、これは無理からぬことで、オースレンの民たちもまた光王兵による虐殺の記憶が今なお強く残っていたのである。


ギヨームの城は、こうして集まってきた人々の全てを収容できるほどの規模ではなかったために、新光王即位宣言は城の外周を囲む壁内の敷地全体を会場とし、屋外で催されることになった。

そして、敷地の狭さを理由に、各出席者の付き人や同伴する身内の者などの数も厳しく制限させたのである。


ここでも、光王家の者たちは家柄や血筋、宮廷内での役職などを理由に互いにより上位の席順にこだわるなど争いが絶えず、開催の時刻は大きく遅れることとなった。


こうした状況を見越して城の周辺はギヨームの多くの兵たちによって厳重な警備が布かれることになったので、式典会場はこれからまさに戦でもしようとでも言うかの如く、物々しい雰囲気に包まれた。




その厳戒態勢の中、城のバルコニーに姿を現したルシアンには、盛大な拍手が送られた。


ルシアンは白を基調とした高貴な装いで現れ、その貴公子然とした美しい容姿も相まって、まさに若き王としてふさわしい出で立ちであると言えた。

さらにその後ろに控える鎧姿の大将軍デルロスがその立ち姿に威厳を与えてくれたのだ。

そして、そのデルロスに並んで立つのは、このオースレンの領王ギヨームだ。

この黒い鎧姿の凛々しい若者は、ルシアンにより光王擁立の立役者及び最大の援助者であるとして、この後、第一の臣下である旨のお墨付きをこの後のスピーチで与えられることになっている。


ルシアン自身には≪恐ろしき者ユッグ≫の≪呼び名ケニング≫が持つ、他者を威圧し、跪かせるような迫力はなかったが、デルロスとギヨームの二人を従える形をとることで、遠目には貫録不足であるなどの不満の声が上がるほどの悪い印象は与えなかったようであった。


王族たちからは異論をはさむような声は出ずに、式典は順調に執り行われていった。


やはり、名門の出で大将軍職にあったデルロスが後見人であるということも大きかった様である。

先代の光王ヴィツェル十三世の直孫とはいえ、王位継承順位の上では、さほど上位でもなかったルシアンの光王宣言を快く思う者は実は皆無であったが、混乱の極みにある国内情勢を考えると、武官や兵卒からの信望を集めるデルロスと対立するのは避けたいところであったのだ。


ただでさえ、この場には来ていない、有力だとされてきた次期光王候補たちや宰相のデュモルティエをはじめとする宮廷における重鎮や実力者たちと天秤にかけた上でオースレンに集まったのである。

この場にいた誰もが、いまだルシアンが、神の力たる≪呼び名ケニング≫を備えているのかの確認はとれていないものの、この後、催されるとされている祝賀の宴の席において、どうにか両者の覚えめでたく、自分たちの地位と権力の保証をしてもらわなければならないと鼻息を荒くしていた。



こうして式典は滞りなく終わり、天気もなんとか持ちこたえてくれたおかげでそのまま屋外での祝賀会が催されることになった。

ルシアンたちは宴の準備が整えられる間、城内で待機することになり、バルコニーから姿を消したが、光王家の者たちはそのままその場で待つよう告げられた。


各領主貴族が送ってきた使者やその他オースレンの有力者など、出席者のおよそ三分の一ほどは城の敷地外に退出させられ、ギヨームの配下の者たちも同様にどこかへ行ってしまった。


選ばれた一族である自分たちがなぜ外世界の卑しい者たちと同様に扱われるのかと不満に思っていた光王家の者たちは、退席した者たちが祝賀行事には参列しないことを伝えられ留飲りゅういんを下げていたが、ここでようやく疑問を抱く者も少数ながらあらわれたようであった。


小さなざわめきが起き始め、辺りの様子を立ち上がって見回す者もいた。


いつの間にか、城の周りを囲む城壁の門は固く締められ、城の窓も木製扉が降ろされていたのである。

待つ時間を過ごすための軽食や飲み物なども一向にやってくる気配もないし、そもそもこの場で始まるという宴の準備がまったくされている気配が無いのだ。

テーブルや料理などが運び入れられる気配もなく、城壁の上の警護の兵まで姿を消してしまった。


「おい! いつまで待たせる気だ。われら王族に対して無礼であろう。誰か居らぬのか!接待係のギヨームとかいう小僧はどこに消えたのだ」


領王ギヨームは別にこの催しの接待係でもなんでもなかったのであるが、そう蔑むことで周囲の歓心をとろうとしたのであろう。

その場から、吹き出すような笑いが多く起こった。


この一番最初に不満の声を挙げた男は、宮廷において財務卿を任されていたトゥオマスだった。

トゥオマスはデュモルティエの政敵であり、新たな光王のもとでの宰相の地位を狙っているなど、かなりの野心家であった。

恰幅かっぷくが良く、社交家で、宮廷内での人気と人脈は、宰相の地位を望むに相応しいものであったが、オルドの血を尊ぶあまり、酷い人種差別主義者でもあった。

政治家としてはやり手で財務卿の職務を利用して、相当の財を蓄えているという噂だった。


「そうだ。下賤げせん簒奪者さんだつしゃのくせに、身の程知らずにも光王様の御傍おそばに侍るなど畏れ多いにもほどがある」

「ギヨーム、出てこい。出てきてこの不始末の責任を取れ!」

「この件は新たな光王ルシアン様にしっかりと苦言を申さねばな。あのような不心得者が領主貴族たちの筆頭とは、先が思いやられる」


当の本人はおろか、その配下の姿も見えなくなったため調子に乗ってしまったのであろうか、光王家の者たちは、自分たちを退屈させたギヨームを大声で罵り、椅子を壊すなどして鬱憤うっぷんを晴らし始めた。




「やれやれ、とんだ子供じみた連中しかおらぬようだな。それとも王宮貴族だの、王族だのとふんぞり返っていると、人間にあるべき分別などというものは忘れられてしまうものなのだろうか……」


皆がその声のする方を向くと、その辺りの風景に黒い歪な形の穴のようなものが開いていて、その傍らに一人の老人が立っていた。

繊細で上品な銀糸の裁縫に縁どられた漆黒の衣を身に纏い、呆れたような表情を浮かべて、じっと光王家の者たちの騒ぎ立てる様子を眺めている。


「なんだ? 貴様……、この城の者か? ギヨームに、いつまで我らを待たせるのかと伝え……」


一番近くにいた光王家の若い男が、老人に詰め寄りその胸ぐらを掴もうとしたが、逆にその手首を掴まれ、その次の瞬間、そのままそこに崩れ落ちた。


人々が驚きの表情で見ると、まだ二十歳かそのぐらいの歳の頃であったはずのその若い男の頭は白髪に変化し、その体は服がぶかぶかになるほどにやせ細っていた。


その変化を目の当たりにしたとき、光王家の者たちはようやく目の前の老人の正体について思い当たったのである。


闇の怪老ショウゾウ。


王都中、いやこの国に住まうすべての人々を恐怖に陥れ、光王家に災いをもたらすとされる悪の象徴。


そこにいた誰もが、目の前で起きたこの不可解な現象について理解できたわけではないのだが、若く健康な人間が、突然、老いさらばえて死に至るというこの結果がもたらした恐怖によって、その忌まわしい名が記憶の中から掘り起こされてしまったのである。


「……悪いな。ノルディアス王国の立て直しのため、お前たちには死んでもらわねばならん」


老人は無表情のまま、恐れおののく光王家の者たちに言い放った。


一歩また一歩とゆっくり帰りそびれた列席者たちの中心に向かって足を運ぶ。


気が付くと空はすでに濃い黒雲に覆われていて、ぽつり、ぽつりと雨粒が落ちてきていた。

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