第229話 虚言吐く者

かつての繁栄の面影は無く、動く屍と幽魂が漂う死者の都と化したゼデルヘイムから天にそそり立つ影のような姿に成り果てた≪白輝びゃくき城≫がそびえ立っている。


闇夜にあって城を輝かせていた無数の≪照明石しょうめいせき≫は、今は魔石のエネルギーの供給も途絶え、王都同様、暗く、静まりかえっているかに見えた。


だが、その≪白輝びゃくき城≫の城内には以前とは異なり、ごく限られた人数ではあるが生者の姿があり、それぞれに与えられた役割を忙しそうにこなす様子を見ることができた。

彼らは、≪光の使徒エインヘリヤル≫らによって各地からさらわれてきた者たちであり、それを提案したのは他ならぬロ・キであった。


ロ・キは、表情乏しく、希望が消えた眼でひたすらに仕事を続けるそれらの者たちを満足げな表情で眺めつつ、もう通いなれた感のある玉座の間へと向かった。


途中、行商人風の男に扮していた変身を解き、本来の姿に戻る。




「人間どもと我らの間を行ったり来たり。随分とせわしないことだ」


玉座にある≪光神の代行者≫レギンレイヴは、ロ・キを見るなり、その世にも類まれなほど美しい顔を曇らせ、吐き捨てるように言った。


レギンレイヴの周囲には髪や爪、身なりなどを整える役目を与えられた女たちがその身辺にいたが、主人の下がれという仕草を見て、慌ててその場を去っていった。


玉座の間には他にも六体の≪光の使徒エインヘリヤル≫がおり、何やら談笑していたようであったが、ロ・キがやって来たことを察し、口をつぐんで、玉座への道を空けた。


「お人形さんたちの女王様もご機嫌麗しく。ご家来の方々も雁首揃えて何よりのことでございます。ははっ、そんなに怖い顔で睨むなよ。冗談だ。なにせ、寂しがりな性分しょうぶんでね。こうして親しくなった友人たちの顔と様子を頻繁に見に来ずにはいられないたちなのだよ。何か困ったことになっていやしないかとね」


ロ・キの言葉に、レギンレイヴは苦笑し、他の≪光の使徒エインヘリヤル≫たちは気色ばんだ。


「……道化め。口には気を付けるのだな。この城の中においては、いかにたる貴様でも分が悪いことを知っていよう」


ロ・キの表情から笑みが消えた。


「もちろんだ。七対一では、相当に骨が折れる事であろうし、何よりこんな場所にわざわざ足を運んだのは、殺し合いをするためじゃない」


ロ・キは大きく息を吐いて、皮帽子の位置を整え、再び愛想笑いを浮かべる。


「……それにしても、助言を受け入れてもらえたようで何よりだ。まだ少し死臭が染みついているが、この広間もだいぶ清潔になったようだし、ずいぶんと人間らしくなったじゃないか」


ロ・キの「人間らしくなった」という表現に、今度はレギンレイヴの顔が曇る。


「仕方が無かろう。本当に……人間の肉体というのは何とも面倒なものなのだ。整備せねばすぐに使い物にならなくなってしまう。栄養をとり、こうして髪や爪なども手入れせねばならぬし、病害への耐性も低い。このエレオノーラの肉体も危うく駄目にしてしまうところであった。先日の貴様の、人間どもをさらい、下僕にするという案はなかなかに良かった。採用させてもらったぞ」


このポンコツどもめ。

誰のせいで頻繁に様子を見に来なければならないと思っているのか。


ロ・キは愛想の良い笑みを浮かべながら、内心で毒づいた。


レギンレイヴたちは、人間に憑依し、その肉体を器として使っている状態にもかかわらず、そういった生命維持などに関することには全く無頓着であったため、見かねてロ・キがそれに気が付くよう誘導したという経緯があった。


その他にもショウゾウの脅威を必要以上に誇張することで、≪秘文字ルーン≫に守られたこの城からできるだけ離れぬように忠告したり、いたずらにオースレンへの総攻撃を仕掛けるような暴挙にでないように度々、釘を刺さねばならなかった。


あの狡猾で扱いづらいショウゾウの代わりに≪光の使徒エインヘリヤル≫たちをどうにか手懐けて手駒にしようと考えていたのだが、目を離すと何をしでかすかわからない危うさがあり、ロ・キにとって新たな頭痛の種になりつつあった。


オルディンがこの≪光の使徒エインヘリヤル≫たちを≪呼び名ケニング≫に封じ込めていた理由が今となってはよくわかる気がした。


こいつらは完全な失敗作だ。


兵器としては不要な感情やいびつな自我を持ち、無駄に殺人などの残虐な行いを愉しむ性情を有している。

オルディンの命令無くしては、制御不能であるようだし、有事の際の頼りというよりも、その危険性や不安定さにより隔離されていただけだとしか思えない。


かつての神々の戦いにおいての≪光の使徒エインヘリヤル≫は、オルディンの命令を忠実にこなす優秀な殺戮兵器であるようにロ・キの目には映っていた。

人間のものなど比べるべくもない破格の性能の肉体を持ち、今のような魂魄のみの状態ではなかった。


おそらくは、本来持つ力をそぐ目的で、オルディンが彼らの肉体を取り上げたのではないかと推察したのだが、失敗作であったのなら破棄すればよいことであり、なぜこのような中途半端な状態で封印などという手段を取ったのかは謎だった。


いずれにせよ、他に手駒になりそうなものが無い以上、失敗作ではあっても誤魔化し誤魔化しなんとかうまく使うしかないかと、今のところ、ロ・キは自分にそう言い聞かせている。


「……それで? 今宵はどういった用件で来たのだ。そのような世間話をしに来たのではあるまい?」


「勿論だ。今日は新たな助言をしに来た」


「助言だと?重ね重ね、こうして足繁く通い、なんとも親切なことだが、貴様、我らの仲間にでもなったつもりか?」


「今や仲間のようなものだろう。違うのか? オルディンや他の魔法神たちの行方が分からない今、人間たちを正しき道に導けるのは、神たる俺とお前たち≪光の使徒エインヘリヤル≫だけだ。俺とオルディンが義兄弟の契りを結んでいたことはお前も知っていただろう。手を結ぶのは何も不自然なことではない。あの突如現れた闇の怪老とその勢力の恐ろしさは二人の同胞を失った今ならばもう十分に分かったはずだ。あのショウゾウは、用心深く、油断のならない相手だ。前にも伝えたが、お前たちが各地で行っている挑発にもおびき出されることなく、あのオースレンでお前たちを皆殺しにする罠を張り巡らせている。力押しで勝てる相手ではない」


「わからんな。貴様は、やけにそのショウゾウを持ち上げるが、それはいったい何故なにゆえだ。ロタとゲイルスケグルが敗れたのは驚愕すべき事実であったが、所詮は人間なのであろう?」


「敗れたのは、お前の仲間だけではない。実はこの俺も一度、あのショウゾウには手痛い敗北を喫し、逃げの一手を打つしかない状況に追い込まれているのだ」


ロ・キの突然の告白に≪光の使徒エインヘリヤル≫たちの間に動揺が走る。


「……それは、さすがに信じがたいことだな。オルディン様ほどではないにせよ、神の力を持つ貴様が人間に後れを取ったというのか?」


「そうだ。ショウゾウと奴が従える眷属どもを前に苦戦を強いられ、命からがら逃げだす羽目になった。だが、不思議なことなど何もない。考えても見ろ、このような事態になってもオルディンはおろか、他の魔法神たちも姿を現さないのはなぜだ?俺の推測だが、オルディンたちも、あのショウゾウの手にかかってしまったのではないだろうか。俺はしばらくこの世界を離れていたのだが、戻ってきた時にはこの有様だった。事情を知る者もなく、それで不本意ながらお前たちに接触を試みたというわけだ」


「確かに。オルディン様たちの気配がどこにも感じられないのは我らも気がかりであったのだ。あるじたるオルディン様の存否ぞんぴがわからぬことには、我らも思い切った行動を取り難い」


「オルディンたちが無事かどうかは俺にはわからない。だが、実際にこうして闇の怪老ショウゾウの脅威がある以上、混迷を深めるこのアスガルドに秩序を取り戻すのが、残された唯一の神である俺の責務だと考えているんだ。悪いようにはしない。一時、共闘といこうじゃないか? 万が一、オルディンのやつが生きていた場合、その方が通りがいいだろう。交換条件というわけではないが、多少の悪さは目をつぶっていてやるよ。オルディンに告げ口したりはしない。罪もない人間をあちらこちらで殺しまくっているみたいなことはな」


「……いいだろう。だが、我は光神オルディンの代行者。あくまでも立場は対等でなければならぬ。我らは決して貴様の下にはつかぬぞ」


「それで構わない。あくまでもショウゾウを殺すまでの共闘。実は温めてる計画があるんだ。それに協力してくれるだけでいい」


「計画だと?」


「そうだ。俺は今、このノルディアス王国に、周辺国の軍を招き入れている。それらに対しては手出し無用に願いたいのだ。お前たちのような人知を超えた恐ろしい存在が障害となっては、すぐに自国に逃げ帰ってしまうだろうからな。人間たちには、欲望のまま争いを続けさせて欲しい」


「それが何につながるというのだ」


「まあ、直にわかる。今、奴が潜んでいると思われるオースレンに向けて、ヴァナフェイムの軍が迫っているが、まずはそれに対する奴の対応を見てみよう。話はそれからだ。また、来る」


ロ・キは、レギンレイヴたちに背を向け、片手を上げるような動きをすると玉座の間から出て行った。

よこしまなる笑みを浮かべながら。

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