第221話 変容する迷宮
「駄目だ。これもダミーだ。しかも、ダミーなのにトラップが仕掛けられている。危ないから、ショウゾウさんたちはうかつに触るんじゃないぜ」
長い通路の両壁にずらりと並んだ扉の中の一つを調べていたレイザーがこちらに向かって報告してきた。
少し離れた場所にある別の扉の前にいたフェイルードも、「こっちもダミーだ」と声を上げた。
B級ダンジョン≪悪神の偽り≫の地下七階から下は、このように侵入者を惑わすトリックや罠だらけで、思った以上に苦戦していた。
今、ショウゾウたちがいるのは地下八階の奥側にある通路で、フェイルードの記憶が確かなら、この五十余りある金属扉のどれかが下層への階段がある部屋への入り口であるらしい。
多くのダミーの中にある正解の扉がどれであったのか、さすがのフェイルードも記憶していなかったようで、今はレイザーと二人でどちらが先にその扉を見つけるかの競争の様な賭けを始めてしまった。
負けた方が、勝った方に酒を奢る。そういう取り決めだ。
盛り上がるし、その方が早く見つけられるだろうとフェイルードの方から話を持ち掛けてきた。
こうして二人の仕事ぶりを比べてみると、フェイルードが四つの扉を調べているうちにレイザーは五つ目を終えていて、この手の技術に関してはレイザーの方が一日の長がある
「……見つけた。この扉が正解だ」
鍵穴から小さな毒針が飛び出てくる罠を解除し、扉を開けたレイザーが誇ったように皆を見渡す。
「おかしいな。そんな端の方じゃなくて、中央寄りの扉だと思ったが、まさか正解の位置は一定じゃないのか?」
「おいおい、そんな情報は初耳だぜ。S級冒険者ってのは、ずいぶんと姑息なんだな」
調べている途中の扉をあきらめ、正解の扉の方に歩いてきたフェイルードにレイザーが文句を言う。
「はっ、はっ。悪い悪い。調べている途中で思い出したんだ。だが、俺の記憶が確かだったなら、七階以下のフロアは一定期間毎などに、その間取りなどがあちこち変化している可能性がある。大まかな印象は変わってないが、初めて訪れた迷宮であるような、どこかそんな違和感が感じられるんだ。俺が攻略した当時のマップブックが手元にあれば、その差異を照合できるんだが……、そいつは王都の拠点に置き去りだ」
迷宮内の構造が人知れず変化する。
常識的に考えれば、おおよそ有り得ないことであるのだが、魔物や罠、宝箱などの
このメンバーの中で唯一、この迷宮を攻略した経験を持つフェイルードがそういうのだから、信憑性はある推察だ。
この場所に来るまでに、いくつもこうした進路を欺くかのようなトリックがあり、出現する魔物も、
まるで、実から虚。
この≪悪神の偽り≫は、そのように有り
施設化し、管理することを断念せざるを得なかった理由は、おそらくこれだろう。
レイザーが発見した地下九階に降りる階段のある部屋に足を踏み入れると、そこには薄ぼんやりとした影のような姿をした魔物が三体ほど天井近くの空中に浮かんでいた。
この部屋はさきほどの扉のダミーがある通路の裏側の空間のはずだが、その割には天井が高く、不自然に広い空間だった。
これまでの経験だと中ボスに当たるモンスターが配置されてそうな気配だが、それにしては小物だ。
初見の魔物だが、不気味なだけで見た目は貧相であまり強そうではない。
「≪
フェイルードが解説しながら、前に出る。
背に負った黒塗りの弓を水平に構え、その持ち手のところに矢を載せるようにして三本同時に
「おい、武器による攻撃は効かんのだろう? 儂ら、魔法使いの出番ではないのか?」
「普通の武器は、と言っただろう? 」
フェイルードの言葉と共に、黒く塗られた鏃の先に≪
そして、それとほぼ同時に弦音が鳴り、フェイルードの現実的とは思えない
これが並々ならぬことであることは弓を扱った経験のないショウゾウにも理解でき、その口から思わず驚嘆の声が漏れる。
当然のことだが、三本の矢を飛ばすには、通常の三倍以上の力が必要で、矢の勢いを殺さずにそれぞれ狙った場所を射るのは至難の芸当であるはずだった。
それこそ作り物の世界だけの話で、実戦でやるなど不可能に等しい。
魔力増幅器にして安定器でもある杖なしで、しかも詠唱も行っていなかった。
「ショウゾウ殿、あれは火属性の付与魔法。フェイルードは優れた斥候であるばかりか、世にも珍しき、魔法の力を武器に宿し戦う術を持つ者でもあるのです。腕前は御覧の通り。しかも弓だけではなく、剣の腕もヴォルンドールに引けを取りませぬ」
傍らにやってきたルグ・ローグが、不揃いで黄ばんだ歯を見せて親切にもそう教えてくれた。
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