第220話 暗躍する者
新たな≪迷宮の守護者≫を解放すべく、ショウゾウがB級ダンジョン≪悪神の偽り≫の攻略に取り組んでいた頃、地上では時代を大きく動かすような変化の兆しとも言うべき出来事が起きた。
東にあるヴァナフェイム王国が、ノルディアス王国の混乱に乗じて侵略を開始し始めたのだ。
ヴィツェル十三世の崩御後、一向に王位の継承が為される気配がなく、また王都陥落などの報を受けていた周辺諸国は、その動静を虎視眈々と探っていたのだが、ついにその最初の口火をヴァナフェイム王国が切った形だ。
ヴァナフェイム王国はかつてヴィツェル十三世の外征により領土の三分の一を失っており、その報復を兼ねた旧領回復を大義に兵を挙げたのだった。
アスガルド大陸には他に五つの国が存在していて、その大陸の北西に位置するノルディアス王国は最大の版図を誇っていたが、その領土の大部分は、隣接する他国への侵略行為によって得られたものだ。
神々がまだその姿を人々の前に現していた太古の昔。
かつてこの大陸には、七つの国があった。
そのうちの最も大きな一つの国をノルディアス王国を盟主とする六国同盟が滅ぼし、その領土を平等に分け合ったのだが、その各国の間の平和と均衡は長くは続かなかった。
神々が何処かにその身を御隠しになり、人間が世の中心となる時代がやってくると、固い盟約に結ばれていたはずの六国は互いにその野心や欲望から、相争うようになり、その限られた領土と富を巡って戦が繰り返されるようになった。
中でも神の遺した≪
さらには神々の大戦の遺物である大型魔導兵器≪滅びの光≫を所持し、それを主に王国軍の
≪滅びの光≫は押し寄せる敵兵を一瞬で焼き尽くす威力を持っていたが、その使用には膨大な量の魔石が有するエネルギーを充填させる必要がある上に、制御が難しく、それを使用した者も少なからぬ被害を被る可能性が大きかった。
それゆえに過去に数度しか戦場で使われた記録が無かったのだが、その恐ろしさは≪
この脅威に対して、他の五か国は、互いに連携することで、かろうじて一強のノルディアス王国に対抗しようとした。
だが、とある事情から、主に信奉するそれぞれの魔法神の直接の助力を受けられず、劣勢を巻き返すことはできなかった。
そこから悠久の時は流れ、アスガルド大陸の覇権は次第にノルディアス王国へと傾いていった。
他の五か国は、歴代光王の度重なる外征などにより徐々にその領土を失っていき、もはや覆し難いほどの国力の差となっていた。
だが、この
そして、動きの悪い五か国にその機をわからせるべく、暗躍する者がいた。
「ローゲンよ。すべてはそなたの言う通りであったな。おかげで西の旧領の大半を難無く取り戻すことができたぞ」
幕舎の中で、歓喜の声を上げたのは自ら一万の軍を率いてやってきたヴァナフェイムの国王マグヌス四世だった。
その眼前に
ローゲンという偽名を名乗り、トレードマークの皮帽子を被ってこそいないがその正体はロ・キだった。
顔はひどく青ざめ、口元には皮肉めいた笑みを浮かべており、おおよそ他者に好ましい印象を与えるような風貌ではないのだが、高い身分であるとうかがわせる衣装と白金色に変えた毛髪により、光王家に連なる者であることを自称していたのである。
ちなみに本物のローゲンは存在し、外王家の一員であるが、現在はとある森の奥、柔らかい腐葉土の下に眠っている。
「今や、ノルディアスの光王家からは≪
「うむ、もちろん、そうさせてもらうぞ。しかし、そなたも光王家の一員であろう? 祖国がこのようなことになり、胸が痛まぬか?」
「いえ。もはや光王家、というよりもノルディアス王国は終わりでございます。陛下の快進撃を見た他の国々も積年の恨みを晴らすべく動き出しましょうし、そうなればもはや多方面の侵攻に対抗できるだけの力は、ノルディアスにはありません。それより陛下、お忘れではないでしょうな」
「なんであったかな?」
「こうして祖国を裏切り、家を裏切ったは、我が身の貴国での地位を保証してもらうため。私は、ノルディアスの地理に明るく、独自の情報網を持っております。重用していただければ、必ずマグヌス四世陛下のお役に立ちます。どうか、この後もお引き立てのほどを」
「はっはっはっ、わかっておる。そなたの有能ぶりは証明済みであるし、しかも貴重な光魔法の使い手でもある。長い歴史の中で過去に数度起きた魔法使いの迫害や弾圧により、ただでさえ貴重な魔法使いなのだ。お前が嫌だと言っても手放す気はないぞ。お前には我が右腕として宮廷魔法士たちの長を務めてもらうか、あるいは今回の侵攻で得られた領土の総督に任じてもよいと考えておる」
「……ありがたき幸せ」
ローゲンの名を騙るロ・キは、恭しく片膝をつき、首を垂れた。
「さて、これから攻めるワールベリを落とせば、まずは一区切りだ。あとは他国の動きを見て、軍を進めるか判断しよう」
「それが賢明かと。しかし、軍を進めるならば、王都周辺の王領には決して近づかぬようにという私の忠告だけはお忘れなきように。死の都と化したゼデルヘイムには人の手には決して負えぬ≪
「おお。我が懸念はそれよ。この大陸の最強国ノルディアスの王都を一夜にして滅ぼしたその≪
「はい。それは少なくとも私が陛下にお味方しているうちはお約束しますよ。詳しくは申せませんが……やつらは私と敵対することは無いのです。これは本当です」
ロ・キは口元から除く八重歯の先を密かにチロッと舐め、そして不敵な笑みを浮かべた。
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