第219話 支払われた魔力の行方

管理型公営迷宮として、中級以下の冒険者も活動が可能なように人の手が加えられたB級ダンジョン≪悪神の偽り≫ではあったが、実際に営業可能だったのは地下六階までだった様だ。


それでもC級やD級の迷宮の十倍近くの床面積があり、光王によるオースレンの虐殺が行われた後の混乱状況に陥るまでは、大勢の≪迷宮漁り≫たちが生計を立てるのに十分な施設として活況を呈していた。


地下七階からは、その階段の降り口付近の部屋や通路で施設化するための工事が中断した形跡があり、踊り場付近に逆に鍵付きの分厚い金属製の扉が取り付けられているなど、利用客がそれより下の階層に誤って侵入することが無いように厳しく管理されていたようだ。


なぜ地下七階で、施設化を断念したのか。


地下六階までは、時折、牛頭魔人ミノタウロス両面鬼女シャーグナーなどの強力な魔物が配置されていることもあるが、そのほとんどは徒党を組んで襲ってくる獣人タイプの小型モンスターなどが主なものであるため、シンプルな迷宮の造りのおかげもあって、そのそれぞれを、孤立させたり、弱らせたりする仕掛けを工夫すれば、十分に管理可能であった。


ゆえに、営業開始前のモニターとして参加した時の感想としては、物理的な力押しでも割と攻略可能であるというものであったのだが、これから下の階層はなにか違いでもあるというのだろうか。


かなり以前にこの迷宮を攻略済みだというフェイルードにそのことを尋ねてみようかとも思ったが、やはり先入観なく自分の目で確かめてみるべきだと考え、それはやめることにした。

これから先、予備知識のない多くの迷宮に挑まなければならないということを考えれば、そうした未知のものに対応する力や感性もより磨かねばならず、しかもここまでのどこか危機意識の薄れた楽勝ムードを引き締める意味でもそうすべきだと思われたのだ。



地下七階に足を踏み入れて最初の部屋には、まだ施設化のための資材などが積み置かれていて、照明も備えられていた。


だが、部屋を一歩出た先は、周囲を見通せぬ完全な闇。

途端に、まるで異なる迷宮に足を踏み入れたかのような違和感に襲われてしまった。


上階はすべて壁に埋め込まれている≪照明石≫によって、地下とは思えぬ明るさが維持されていたのであるが、このフロアにはそれがない。


「驚いただろう。ここから先は全く別の顔を見せてくるんだ。この迷宮は」


かなり前にこの迷宮を攻略済みだというフェイルードは、まるでショウゾウたちの心の動きを見透かしたように、不敵な笑みを浮かべて言った。

暗赤色の髪と瞳を持つこの精悍な顔立ちの男は、ようやくなにか吹っ切れたようで、持ち前の陽気さと心の余裕を見せてきた。


そして、「さて、どうする」とばかりにショウゾウたちを見る。


「真っ暗闇か。確かにこれでは進むのにも難儀しそうだな」


ショウゾウは、仕方なく光魔法の≪光源ラータ≫を使い、自分たちの周囲に光る玉を三つ浮かべた。


光源ラータ≫は初級の魔法だが、契約条件が他属性よりも厳しいとされる光魔法であるため、使い手の数は意外と少ない。


しかもショウゾウは、図らずも≪光の使徒エインヘリヤル≫ゲイルスケグルを取り込んだことで、光魔法の一部を契約神たるロ・キを介することなく、おのが≪魔力マナ≫を≪光気こうき≫に変換し、それを使うことが可能になった。

光源ラータ≫のように過去に何度か使用したり、その目で直に目の当たりにするなどした光魔法は、脳内での具体的なイメージが可能になりさえすれば、具象化できる。


≪巨岩≫スティーグスが背に負う≪魔法の鞄マジックバッグ≫らしき背負い袋からたいまつを一応取り出しかけたのだが、ショウゾウの≪光源ラータ≫の十分な明るさに、それを再びしまった。


「……驚いたな。あんた、光魔法も使えるのか」


驚かせるつもりが逆に驚く羽目になってしまったフェイルードが、苦笑いを浮かべる。


「ああ、最近覚えたばかりなので得意とは言えないが、一応な」


「光魔法は、光王家とそのルーツを同じくするオルドの血を引く者しか契約できないとされておるが、実に興味深い。ショウゾウ殿は、闇の怪老と呼ばれ、光王家に追われていたようですが、オルドの血を引いているのですかな?」


魔法の話題とあれば、口を出さずにいられないようで、着古して色ざめした灰色のローブに身を纏った≪失われし魔法の探究者≫ルグ・ローグが深みがある緑の目を輝かせて、話に加わって来た。


「いや、この見た目の通り、オルドの血は引いていない。そんなことより、その口ぶりだとおぬしは光魔法は使えないのか?」


「残念ながら……。純血ではありませんが、我は呪われた闇の氏族ヨールガンドゥの血を引く者。そのせいで潤沢な≪魔力マナ≫をこの身に宿しながら、契約できる魔法神がひどく限られてしまっているのです。それゆえに、いにしえの神々の争いで敗れ、今日こんにちでは神殿に祀られていないような、秘神たちの痕跡を探し歩き、それらの存在と契約することでようやく魔法使いとしての体裁を保っている程度。いつしかそうした普通の魔法使いがする必要のない奇妙な行動のせいで、≪失われし魔法の探究者≫などとあだ名されるようになりました」


ヨールガンドゥという言葉を耳にして、エリエンが何かを言いかけたが、俯き、どうやら思いとどまったようだった。

そんなエリエンの様子に気が付かないふりをして、ショウゾウは話を続けた。


「なるほどな。その話、すまないが時間がある時にでも詳しく聞きたいものだ。広く知られた魔法神とは、儂も契約できない身の上でな。そのせいで、魔法神の種類や名前、その辺りの知識なども著しく欠けているのだ。魔法を身に着けてから日も浅いし、自分に必要なことをつまみ食いしているので、体系だった基礎が無い。その道の先達であるおぬしに教えを乞いたいものだ」


「おお、闇の魔法の使い手からそのような言葉が聞けるとは!」


よほど嬉しかったのか、ルグ・ローグは子供のような無邪気な笑みを顔中に浮かべた。


実はショウゾウのこの言葉は社交辞令ではなかった。

魔法に関して、ある深刻な悩みというか、懸念を最近抱えており、その解決のためにもっと魔法についての理解を深める必要性を感じていたのだ。


通常、魔法使いは魔法の使用料として、おのれの≪魔力マナ≫を魔法神に支払わなければならない。


これは普通の魔法使いにとっては別に何と言う事も無い当たり前のことであるようなのだが、魔法というものになじみのない世界から来たショウゾウはある疑問をいつしか抱くようになっていた。


神々は、支払われた≪魔力マナ≫を何に使っているのだろうか?


イルヴァースというこの異世界にやって来てから、あのロ・キを除けば、他に神とされる存在には出会ったことはない。

オルディン神をはじめとするそれぞれの属性を司る神々がいるらしいのだが、その姿を現すことはなく、契約したその魔法の効果によってのみ、その存在があるらしいことをかろうじて窺うことができるのみだ。


アラーニェら魔人は、今の時代の神々がどうなったのかに関する知識は乏しく、それを知るにはやはり大魔法院の大師だったヨランド・ゴディンやこのルグ・ローグのような者から聞くしかない。


ショウゾウは、この支払われた≪魔力マナ≫の使い道に関する疑問からある好ましからざる懸念を導き出してしまっていた。


ショウゾウが魔法を使う際に支払った≪魔力マナ≫は、すべて契約相手である魔導神ロ・キのものとなる。

ショウゾウ自身も≪光の使徒エインヘリヤル≫の力を取り込んだことで、自分の魔力マナを≪光気こうき≫に変換することができるようになり、そのことである気付きがあったのだ。


魔法使いの魔力マナは、神々の持つ力と全く同じではないものの、その原料にはなり得るエネルギーなのではないかと。


ショウゾウが光魔法を、魔導神ロ・キを介さずに使った場合、その魔力マナの消費量はおおよそ三分の一ほどで済む。


つまり言い換えれば、神々は、魔法効果を現世で発現するのに必要な魔力マナの三倍以上の量を魔法使いに支払わせていることになり、そうであるならばそのあまりにも多すぎる余剰分は何に使われているのかという疑問につながるのだ。


自分が魔法を使えば使うほど、未だ敵味方定かならぬあの奇妙な神に利する行為となっている可能性を考えると、これまで通りの魔法頼りの立ち回りも見直さねばならぬし、そうなると当然、より膨大な魔力マナの消費がある闇の魔法を使用することも躊躇ためらわれてしまう。

自分一人が支払う魔力マナの量など、仮に闇魔法を使ったにせよ、たかが知れているだろう。

だが、これから先、膨大な魔力マナを要する高度な闇魔法を幾度となく使用する機会が増えることになると、その累積は案外、馬鹿にはならない。


懸念が、ただ懸念で終わればそれでいい。


今現在において、利害が対立しているわけではないし、直接的な危害を加えられたわけでもない。

むしろ、人生をやり直す機会を与えてくれたばかりか、実質的に最大にして唯一の支援者的存在でもあるのだ。


長く生きた者特有の疑り深さと臆病さが生み出した妄想という気がしないでもない。

だが、この世に無料ただほど怖いものはない。

経験上、与えられたものが大きければ大きいほど、その裏には何か途方もない見返りや策謀が存在するものなのだ。

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