第217話 闇を探る瞳

やはり厄介な老人であると、フェイルードは改めて感じていた。


当初の打ち合わせでは、互いのパーティは別個に行動し、向こうのエリエンはこちらの管理下に置くということに決まっていた。

だが、蓋を開けてみれば、まるで大所帯の九人からなる混成パーティの様な状態になってしまっている。


フェイルードが集団の先を行く斥候として動き、仲間たちがそのフロアの安全を確保したあとで、ショウゾウたちがゆっくりと後からやって来る段取りだったのが、気がつけば自分の隣にレイザーがいて、その役割を分担する形になってしまっている。


これはショウゾウの発案で、「おんぶにだっこでは、手持ち無沙汰になろう。万が一何かあったら、自己責任でいいから、やれることは儂らにも手伝わせてくれ」といった、ごく自然な会話の流れでそうなったのであるが、このことについて自分以外の他のメンバーは、不思議と何も異論を唱えなかった。


間というのであろうか。

ショウゾウは、そうした場の雰囲気というものを読み、自分の都合がいい様に状況を変えてくる話術が巧みなのだ。


さらにヴォルンドールなどは、「それは良い。かってにくたばってくれれば、この仕事はそこでお終いだ」などとかえって賛同するような発言まで誘導で引き出されていたようだった。



実際にやり取りをしてみてわかったのだが、このレイザーという斥候は、かなりの腕と知識を持っていた。

D級の冒険者であったというが、こうした逸材がよくもまあ埋もれていたものだとフェイルードが思わず感心してしまったほどだった。


用心深さ、危険を回避する能力など斥候に必要十分な特性を備え、斥候としての技術や知識も自分と遜色ないように思われた。

特に鍵や罠の解除は自分よりもうまいくらいだ。


出番のないエリエンについてはまだわからないが、エリックという若手もなかなか見どころがありそうで、しかもその素直さからか、いつのまにかフェニヤやスティーグスとも少し打ち解け始めている。


「しかし、あれだな。おぬしの剣技。なかなか見事なものだが、あれは少し改良の余地があると思うぞ。だいたいにして長さの違う剣を三本も使う必要があるのか? 持ち歩くのに邪魔であろう 」


うるさい! あんな卑怯なだまし討ちの様な手で俺に勝ったからといって、剣の勝負で俺に勝ったなどと思うなよ。間合いによって、適切な得物があり、その潤滑な切り替えによって常に相手から有利を取れるのだ。生半可に剣をかじったくらいで、俺の剣を評してほしくは無いな。そんなことより、お前こそなんだ? 杖と剣の二刀流など……」


背後の方からはショウゾウとヴォルンドールの口喧嘩が何度も喧しく聞こえてきている。

これも驚くべきことで、ヴォルンドールは本来寡黙で、他のパーティメンバーの誰ともほとんどれ合うことなどなかったのだ。


もうすでにショウゾウに心酔しているかのような発言が普段から目立つようになったルグ・ローグについては論外。


ショウゾウの影響力が徐々に自分たちを蝕みはじめたのは明らかであった。


そしてさらに深刻なのは、B級ダンジョンの攻略中だというのに、まるでピクニックにでも来ているかのような緊張感の無さだ。


この状況を生み出したのは、ショウゾウの謎の能力。

射程範囲や威力など全く不明となっているが、かなり広範囲に殺傷力を及ぼす能力のようだった。


実際に地下二階まで来てみて、圧倒的に遭遇する魔物の数が少ないことがわかる。


しかも地下一階までのいくつかの直線的経路にある罠や仕掛けを誰かが解除した痕跡があり、それをしたのが、ショウゾウであるならばますます底のしれない存在だ。


そして地下二階からの罠などは完全に手つかずになっており、このことから推測すると、ショウゾウは地下二階に降りることなく、このフロアに配置された魔物たちを上階から駆逐したことになる。


どんな方法で?


この謎を解かない限りは、おそらくショウゾウには決して抗えない状況が続く。


エリエンを人質に取り、万が一の備えとしようとしたが、今はもうそれが無駄なことであったとフェイルードは悟っていた。

レイザーやエリックを自分たちと一緒に行動させ、なおかつ自らもその集団の中に入ってしまっている。

これには若きエリックなど自分の仲間により良い経験を積ませようという狙いもあるのだろうが、その反面、人質同様の危機に晒しても構わないという風にも取れる。

これは、自らに対する絶対の自信の表れであり、フェイルードたちをまったく恐れていないことの証拠にもなっていると考えられた。


そして何より人質の有効性にも疑問が生じてきていた。


何度かの接触で、エリエンやエリックには親しみや愛情らしきものを、レイザーにはある程度の信頼を置いていることが、ショウゾウの眼差しや態度から察することができていた。


だが、だからと言って、このショウゾウは、いざという時、この仲間たちの命を最優先にするような判断をするだろうか。


ショウゾウを観察するにつれ、その疑問は大きくなり、そして徐々にこう思い始めたのだ。


この冷静さと老獪さを併せ持つ老人は、どこか自分と似通ったところがある。

究極的には我一人の道を最終的には選ぶ人間なのではないかと。


そしてそんな人間には、人質は絶対的な担保的価値を有するものにはなり得ない。


万が一、その必要が訪れた時。

ショウゾウは、きっと人質ごと俺たちを殺す決断を下すだろう。


好々爺を装った悲痛そうな顔と冷酷さを湛えた瞳で。







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