第214話 無言の恫喝
ヴォルンドールが放つ殺気は本物だった。
本気で仲間のルグ・ローグを殺そうとしている。
ルグ・ローグもまた、ただではやられぬぞとばかりに裂帛の気迫がこもった目をしている。
「やれやれ、フェイルードよ。お前のところはいつも血の気が立って、物騒だな。これでは静かに話し合いもできん。おい、ナクアよ、こいつをしばらく……」
メルクスは、ヴォルンドールの足元に≪
だが、その言葉の途中で、右足の小指の先がなんとなく気になるような不思議な感覚に襲われると同時に、ヴォルンドールの姿が地中に消えた。
ヴォルンドールが先ほどまで立っていた場所には、ぽっかりと次元の穴としかいう他のない黒い混沌とした闇が顔をのぞかせていて、メルクスが「閉じろ」と心の中で命じてみると、何事も無かったかのように、木の床が再び現れて、元通りとなった。
「ヴォルンドールが、消えた……」
さきほどまで厳しい顔で成り行きを見守っていたフェイルードが立上り、驚きを隠せない様子で呟く。
獣魔グロアの死を察知したあの瞬間から、どうにも右足の小指に異変を感じ続けていたのだが、少しずつそれも治まり、ここ数日はそうしたことがあったことすら忘れていた。
だが、さきほどの≪
いつのまにか、何が原因であるのかもわからないが、自分の意志で≪
その事実にメルクスは愕然としてしまったのだが、ふと気が付くとその場にいた全員の注目が自分に集まっていることに気が付く。
「ああ、すまん。どうやらヴォルンドールを消してしまったのは俺のようだ。自分でもたった今気が付いたのだが、こうした芸当ができるようになっていたらしい」
≪
形は歪な円で、大きさは割と自由にできて、その範囲と同じくらいまでは拡大できそうだった。
本能的にであるが、そう感じた。
「ヴォルンドールはどうなったんだ。死んだのか?」
「それは大丈夫だ。奴はこの世界の裏側に落ちただけで命に別状はない。頭が冷えるまでもう少し放っておくことにしよう。床に出現したあの穴は≪
「商談? ちょっと待ってくれ。色々とありすぎて頭が混乱している。世界の裏側だと? そんなものがこの世に存在してるなんて……」
「気持ちはわかるが、少し落ち着け」
「いや、メルクス。お前は何もわかっていない。お前はもうすでに、あの≪
「そうかな? この世界に暮らすごく普通の人間からすれば、S級冒険者という、それを生業とする者たちの頂点に立つおぬしも十分に超越者だと思うがな」
「そういう話をしているのではない。俺たちは、この世界の
「大げさだな。お前の言い分を聞くと、まるで俺が人間ではないように聞こえる」
「自覚が無いようだから、教えてやる。俺が初めてお前に出会ったとき、お前はもうすでに十分な化け物であった。猛火に焼かれようとも息絶えることなく、魔法の達人であるルグ・ローグをして筆舌に尽くしがたいと言わしめる規格外の魔力を備え、その上、今はもう失われたという闇の魔法の使い手でもあった。お前と≪悪神の
「そのように受け取られたのならば仕方がないな。できるだけ対等の立場で事を進めたかったのだが、ある部分、お前の推察も間違ってはいない。お前が俺を殺すことを考えていたように、実は俺の方も、最初はお前をこの集団から除こうと考えていた。お前がいなくなれば、このルグ・ローグのように個別に引き抜きしやすくなるからな。自覚しているかはわからんが、お前は集団のカリスマではあっても、リーダーとしては未熟そのものだ。思慮深く、慎重なのは善い。だが、この個性的なメンバーの中にあって、お前自身のポリシーを浸透できないでいる。お前が何を望み、どう考えるのか、その理解が各々に浸透しておらんのだ。そして、今、お前は、その美点である思慮深さも失った状態にあるぞ。お前は、己の限界に気が付き、絶望の淵にあるのだろう。強烈な自己愛と、己が能力に対する絶対的自信を持つがゆえに、その自分をはるかに超越した存在を目の当たりにして、自暴自棄になっておるのだ」
このフェイルードはどこか、かつての儂に似ている部分がある。
老いというどうにもならぬ摂理を前にして、闇の中で途方に暮れていた儂に。
残酷なほどに無慈悲な時の流れが、ゆっくりと確実に、手にしたすべてを奪っていくのをただ指をくわえて見ているしかなかった無念さに似た思いをこのフェイルードは感じているようだった。
人知を超えた力によって、ただ翻弄されるしかない人間の悲哀と無力感を、今一番感じている中の一人がこの男かもしれなかった。
「……」
「今のお前に言っても理解できるかわからんが、心が定まらぬのであれば、定まらぬままにひとまず歩き出してはどうか? 俺と行動を共にし、俺のことをもっとよく知った上で、結論を出せばいい。そうさな、とりあえず二つ三つ、迷宮の攻略に付き合って、それから付き合いを続けるか、もう一度問おう。俺の弱点も見つかるかもしれないし、それでどうだ。手を打たないか?」
「なぜだ。それだけの力を持ちながら、なぜ俺たちの協力をそこまで強く求める?迷宮の攻略なら、その解放した迷宮の守護者たちの力を借りて行えば、話が早いだろう。死せる神の力を宿す守護者とやらの力を借りれば、いかなるダンジョンの攻略も容易いはずだ」
「それができたら、とっくにそうしている。守護者たちは、自分が封じられていた以外の迷宮に足を踏み入れることはできない。なぜかはわからぬが、迷宮に込められた封印の力が、彼らの外からの侵入を拒んでしまうようなのだ。ゆえに、迷宮は人間の手でしか攻略は叶わぬし、お前たちのようなエキスパートの力が必要になるわけだ」
「それはまるで、死せる神が私たち人間のことを試しているかのようですね……」
≪癒せぬ者無き≫フェニヤがぽつりとつぶやいた。
「情緒的に考えれば、そのようにも取れるであろうが、もっと現実的な問題だと俺は考えている。迷宮に宿った封印の力が、守護者を外に出さぬようにする壁のような役割を持つものだとすると、当然、中からだけではなく、外からの侵入をも妨げるものになる。単純にそれだけだろう。……さて、俺の方は言いたいことはだいたい言わせてもらったし、お前たちも少し考える時間がほしいことだろう。今日俺が話したことを、仲間たちと共にもう一度よく話し合ってみるがいい。では、そろそろお
メルクスが席を立つと、成り行きを見守っていたレイザーたちも腰を上げる。
「なあ、フェイルード。この世界の歴史的転換点に、傍観者でいるのはつまらんぞ。当事者として自ら参加し、何かを成し遂げてみよ」
メルクスはそう言って、目の前に自ら生成した≪
「そうだ!ヴォルンドールのやつのことをすっかり忘れていた。おそらく≪
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