第213話 亀裂


「まあ、何よりこうしてお前たちが生きていてくれて助かった。代わりが務まる迷宮攻略のエキスパートがそうそう、その辺にいるわけもないし、一から探さずに済んだ」


「メルクス、良い話だと俺は言ったが、まだ引き受けるとは一言も言っていない。お前の依頼には、俺に限らずすべての冒険者、……いや違うな、常識を持った人間なら誰でもが拒まざるを得ない内容が多く含まれている」


「ほう、それはどのようなことだ」


「いいか、お前はさっき、迷宮をすべて消滅させるといった。それはすなわち俺たち冒険者の生活の糧そのものを奪うということだ。それだけじゃない。迷宮消滅に伴って起こる魔物の大量発生。俺たちも≪悪神の息吹いぶき≫でその現象を初めて目の当たりにしたが、あれはまさにこの世の終わりのような光景だった。迷宮から這い出てくる無数の魔物たち。あれが地上で人々を襲うようになるのだと想像したら、心底震えがきたよ。お前たちを手伝うということはその悪業に俺たちも加担するということだ」


「なるほどな。いかにも既成概念にとらわれた人間が言いそうなことだ」


「なんだとッ!」


ヴォルンドールが剣の柄に手をかけ、立ち上がったが、フェイルードが一喝し、その行動を制した。


「いいか、よく聞け。もはやお前たちが生きていた世界は、様変わりし、まったく別物の世界が到来しようとしているのだ。人間中心の、牧歌的で安定した社会構造は崩壊し、迷宮にその資源やエネルギーを依存した歪な生産、流通の仕組みは破綻寸前だ。わからないか? もはや、この変化の波は避けられぬ。変わり続ける混沌とした環境の変化に適応できなければ、真の滅びが待つのみなのだ。俺は、その混沌に新たな世界を構築するつもりだ」


メルクスの口から次々と飛び出してくる言葉の勢いに、さすがのフェイルードたちも刮目し、それをただ聞くことしかできなくなっていた。


「それと……、冒険者の仕事がなくなると言ったな? 需要と存在意義を失った産業がついえていくのは当然のことだろう。だが、俺はそうなるとは思っていない。わざわざ迷宮に出向かなくても野外で魔物が狩れるようになるわけであるし、人々の治安や安全を保つための存在としてますますその存在感と価値は増すことになると俺は踏んでいる。それに迷宮内の魔物と違って、倒してもアイテムを残して消えるなどということはない。死体を解体すれば、肉や皮、骨なども余すところなく使えるわけであるし、エネルギー資源となっている魔石なども当然に取り出せる。やり方によっては迷宮に依存していた時代よりもきっと物質的に豊かになることだろう。だが、これらはあくまで人間側に都合がいい面だけの話だ。あの≪光の使徒エインヘリヤル≫どもを何とかせねばならぬし、強力な魔物が人の営みに損害を与えぬよう管理する仕組みも考え出さねばならん。それに魔物たちとて生きておるのだし、人間側の一方的な決めつけで、それを解き放つのが悪だと決めつけるのは、違うと俺は考えるがな。おっと、話が長くなってしまったが、とにかく、お前たちが協力してくれないのであれば、また別の手を考えるしかないということだ。俺は、この件について諦める気はない」


「ふう、さすがに中身が中身なだけあって、よく話すし、説教臭いな。だが、まあ、考えもなく思い付きで行動しているわけではないことだけは伝わったよ。だが、それだけですんなり言いくるめられて良いような簡単な話じゃない。なんだって、お前はそんなに迷宮を消滅させたいんだ? その行動に何の意味がある。攻略するだけではなく、消滅させねばならない理由はなんだ?」


やはり、そこを説明せねば納得せぬか。


「……信じるか、信じないかはお前たち次第だが、あの迷宮群はかつてヨートゥンという名の巨神の屍より生じたものであるそうなのだ。その迷宮の一つ一つには、その死した神の力が宿っていて、その最奥にはボスモンスターの姿を借りた守護者が存在している。俺には、その守護者たちを迷宮の呪縛から解き放つ力が備わっていて、俺がそれを成し遂げると迷宮はその役目を終えて自然と消滅に向かう。なぜ、そうしたことが起こるのか、その原因はわからないが、守護者たちは解放を望んでおり、そうすることがこれまで俺の役に立ってきたのだ。解放された守護者たちは人間には無い特別な力を有し、俺にとっては目的を果たすための大事な手駒なのだ。迷宮の消滅は従える闇の勢力をさらに大きくするためには必要な行為であり、俺はそうして得た人材たちを用いて、混迷の中にあるこのノルディアスに新しい秩序を築きたいのだ」


「死した神の力を宿す守護者……。実に興味深い。メルクス殿、それは我ら人間にとって、敵となる存在ですかな、それとも味方となる存在なのですかな?」


≪失われし魔法の探究者≫ルグ・ローグは、斜視が入った目を大きく見開いて、身を乗り出し尋ねてきた。


「それは、どのような立場をとる人間かによる。その守護者らは、俺をあるじと仰ぎ、俺と相対するすべての存在を敵とみなす傾向にある。敵になるか、味方になるかは、その人間が俺に対してどういう立場をとるのかによると思う」


「やはり、駄目だ! こいつの話が全部本当だとして、それなら余計に手を貸すのには反対だ。そんな途方もない力を持つ連中が迷宮の数ほど、こいつに従ったりしたら、もう誰の手にも負えなくなる。今でさえ、重大な脅威となり得る存在なんだ。そんな奴がこれ以上力を手にするのに協力するなんて、俺は、絶対に反対だ」


ヴォルンドールは、フェイルードに迫り、強く説得した。


「我は、メルクス殿の申し出を受けるべきだと考える」


「何だと!」


即座に反対の立場を表明したルグ・ローグをヴォルンドールが睨む。


「先ほどの迷宮間の移動手段の話を思い出せば、そのような状態であれば我らが手を貸さずとも遠からずこのメルクス殿は全迷宮の消滅を成し遂げてしまうであろう。さすればフェイルード、お前が常日頃、口にしていた前人未到のS級ダンジョンの攻略の夢は潰えてしまうことになるぞ。古の魔法だけでなくこの世のことわりを知らんと欲している学究の徒である我としても、迷宮という他に代えがたい研究対象を手をこまねいてただ失うことになる。この依頼を受けぬとあらば、我はお前の元を去らせてもらうことになる」


「ルグ・ローグ! 貴様、俺たちを裏切って、この悪党の元に行くと脅しているのか? 前々から、薄気味悪くて、頭のおかしな爺だと思っていたが、そう言う事なら容赦はしない。叩っ斬ってやる」


ヴォルンドールが抜刀し、ルグ・ローグの持つ杖が魔力を帯びて妖しく光る。


場に不穏な空気が満ち、どうなることかと様子を見守る全員の表情が強張った。

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