第212話 首狩り
≪蜘蛛≫を通じて、フェイルードとコンタクトを取った。
フェイルードは数々の異名を持ち、国内でも三人しかいないS級に認定されていた凄腕の冒険者で、≪悪神の
その時に、彼の仲間である≪自在剣≫ヴォルンドールと少しばかりいざこざらしきものが発生したこともあって、互いに冷静になるための期間も必要であろうという配慮があったのだが、それから様々な状況の変化があり、居場所を特定できなかったこともあって、連絡を取れずにいたのだ。
フェイルードたちは、オースレンからもそれほど離れていない王都南部に位置するイェータという
ショウゾウとは違う意味で、世間的にも有名人であるらしいフェイルードはその足跡をたどるのも比較的楽で、この地でも仲間と共に魔物退治などでさらなる武勇伝を積み重ねていた。
ショウゾウは、若きメルクスに扮し、レイザーとエリック、そしてエリエンを伴ってそのフェイルードを訪ねた。
エリエンは、魔法の契約先を魔導神ロ・キに変更したことで、これまで使えなかった他属性の魔法も使用できるようになっており、要らぬ自信をつけたこともあって、同行を強く願い出てきた。
ショウゾウにしてみれば、安全なところで大人しくしていてほしかったのだが、押し切られてしまい、仕方なくそれを許すことになった。
一人で生きていく逞しさを身につける意味でも有益ではあるし、目の届くところに置いておいた方が安心できる面もあるかと、ショウゾウは自身を納得させることにした。
「おお、メルクス。本当にやって来たな。あの蜘蛛の入れ墨をした女の子が、会いたいというお前の伝言を伝えに来たときは本当に驚いたぜ。もう俺たちとは関わり合いになりたくないのかと思っていたからな」
「それはこちらも心配していたところだ。特に血の気の多い、あの剣術使いは息災か? 」
「ああ、おかげで傷も癒え、以前よりも良い男になったと喜んでたくらいだ」
「それは良かった。これから、中で斬り合いなど俺は御免こうむりたいからな」
陽気な笑みを浮かべ、扉を開けて、自ら出迎えてくれたフェイルードだったが、その柔らかな物腰とは裏腹に、隙は無く、目は冷静そのものだった。
≪老魔の指輪≫を外しているショウゾウをちゃんとメルクスと呼ぶなど、その辺も抜かりはなかった。
メルクスたちを屋内に招き入れ、空いている椅子に掛けるように促すと、フェイルードは仲間のいる側の壁際の席に腰を下ろした。
≪自在剣≫ヴォルンドール、≪巨岩≫スティーグス、≪失われし魔法の探究者≫ルグ・ローグ、≪癒せぬ者無き≫フェニヤ。
誰一人欠けてはいない。
「さて、こんな場所までわざわざご足労頂いたのは、いったいどういう用件なのかな?」
フェイルードは足を組みなおし、鷹揚に尋ねた。
「ああ、実はお前たちにある商談を持ってきた。話を聞いた上で、検討してほしいのだが、本題に入ってもかまわないか?」
まだこの間のことを根に持っているのか、ヴォルンドールは疑うようなまなざしでこちらを睨んだが、フェイルードは表情を変えずに「どうぞ」といったような仕草をした。
「単刀直入に言おう。期間は特に定めず、しばらくの間、お前たち全員を雇いたい。報酬はお前たちの希望額払う」
メルクスの提案に一瞬、室内は静まり返ったが、すぐにフェイルードのおどけたような口笛がそれを破る。
「こいつは驚いた。各地の冒険者ギルドが機能不全に陥って、失業中にも等しい俺たちには涙が出るほどいい話だが、俺たちを雇って何をさせようというんだ? 人殺しの手伝いなら御免こうむるぜ」
「いや、そのような話では決してない。冒険者を雇って頼む仕事と言えば、迷宮の攻略に決まっている。迷宮の数は全部で二百六。俺は、ノルディアス各地にある残り百九十箇所すべての迷宮を攻略し、消滅させるつもりでいる。お前たちにはその手伝いをしてもらいたい」
「全迷宮を攻略? 正気か? そのすべてを巡り、移動して歩くだけでも途方もない年月がかかるぞ。C級以下のダンジョンだけならいざ知らず、それ以上の迷宮になれば、その規模も、難易度も比較にはならない。そんな常識外れの目標は、俺でさえ考えもしない」
「移動に要する時間については考慮に入れなくてもいいんだ。俺たちは、オースレンからこのイェータまで半刻かからずに来ている。そういう移動手段を持っていると考えてくれ」
「その手段を俺たちも利用できると?」
「協力してくれるならな。王国の端から端まで最速で、丸一日はかからん計算だ。だが、相当に体への負荷が重くてな。休憩は必要になるだろう」
「それはすごいな。その条件だけでも報酬はいらないぐらいだが、おっと今のは聞かなかったことにしてくれ」
「おい、フェイルード!」
さすがに我慢できなくなったのか、ヴォルンドールが声を上げた。
他の仲間たちも何か言いたげだ。
「わかってる。だが、ここは俺に任せてくれ。もう少しメルクスの話が聞きたい」
フェイルードは真剣な表情になり、仲間たちを制した。
「なあ、メルクス。商談に入る前に俺たちが置かれている状況を説明しておこう。まず、なぜこんな迷宮もないイェータに、こんなに呑気に滞在しているのかというと、それは王都の状況を探るためだ。光王家が都を捨て、住民全員があの得体の知れない光る翼の連中によって追い出された現状で、俺たちも非常に困った事態に陥っている」
「ほう、それはどういう?」
「冒険者として活動してたならわかると思うが、王都には冒険者ギルドの本部がある。そこには俺たちのほぼ全財産が預けてあって、しかもクラン立ち上げのために用意してた諸々をそのまま拠点にしていた場所に残してきてしまった。それらを回収しに王都に向かってみたのだが例の光る翼の奴らが邪魔で、命からがら引き返す羽目になってしまった」
「おぬしらほどの
「ああ、人の姿をしているが、あんた同様にとんでもない化け物だ。一体だけならまだしも、あの城から仲間がぞろぞろ出てきて、引き上げの判断があと少し遅れていたら、全滅の可能性もあったと踏んでいる。あいつら、エインヘリヤルというのか。いったい何者なんだ?」
ショウゾウは差しさわりがないと判断し、≪光の
光王に宿っていた≪
ただ、その当時の姿とは全員異なっており、その時代の≪光の
それゆえに、最初は彼らが何者であるか気が付かず、後に名前や直に交わした会話などから発覚したことである。
死せるヴァルキュリャをも再び蘇らせ、残忍な戦士として使役するオルディン神の御業に、敵味方問わず畏怖の念を抱いていたのだそうだ。
「……俺たち人の手に負えぬ相手なわけだ」
「だが、やはりお前たちは大したものだ。一戦交えて、こうして全員無事でいるのは誇っていいと思うぞ」
「フェイルードの機転のおかげだ。俺たちは全員死ぬまで戦うつもりでいたが、フェイルードだけは違っていた」
≪巨岩≫スティーグスがこちらを向かぬまま、無表情で呟くように言った。
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