第211話 人材への渇望

ショウゾウたちがルシアン即位に向けた準備を進める中、ノルディアス王国の各地では≪光の使徒エインヘリヤル≫たちの猛威が民たちを苦しめていた。


光の使徒エインヘリヤル≫は前触れもなく人々の前に現れては、まるで狩りを楽しむかのように数人を殺め、そして何処かへと去っていくということを繰り返しており、民たちにとってはその目的と動向は依然として不明のまま、恐怖と災厄の象徴として認識されるようになっていった。


かつて世間を騒がせた怪老ショウゾウの件など忘れ去られてしまったかのように、民衆の関心はこの≪光の使徒エインヘリヤル≫に注がれていて、その危難を避けられるという怪しげな魔除けの札などが出回り、流行してしまうほどに、深刻な事態になっていた。


「この≪光の使徒エインヘリヤル≫とかいう連中の意図は、まるでわからんな。ルシアンの説明では、儂やお前たちのような闇の眷属を滅ぼすために存在しているとのことだったが、これまでの動きを見る限り、とてもそのような確かな目的を持っておるとは思えぬ。襲われているのは、儂らとは何の関りもない者たちのようであるし、光王家の者たちも王都を追われるなど、同じ≪光≫の側に属していると思われていたが、決して協力関係にあるというわけでもないらしい。ストロームの偵察によると、やつらの拠点は王都にある≪白輝びゃくき城≫で、その数は現時点で把握しているだけでも、あと少なくとも九体はおるとのことだ。それぞれが各地で蛮行を繰り返し、定期的にその城に戻っているという話だ」


≪鳥魔≫ストロームは王国各地に飛行型の魔物の拠点を複数築き、それらを繋いだ独自の情報網を構築していた。

自身の異常に発達した視力により、≪光の使徒エインヘリヤル≫たちにすら悟られることのない遠距離からの観察なども行っていて、敵の戦力の全体像や城への出入りの状況などを把握するうえで非常に役に立っている。


ショウゾウは、伏魔殿に常駐しているアラーニェたちと今後の計画を練っていたのだが、やはりこの≪光の使徒≫の動向が気がかりとなり、思い切った手を打つには躊躇われる状況だった。


「……わしらを誘い出そうとしておるのではないか?」


鍛魔たんま≫マルクが軍議台の上に広げられたノルディアス王国の全土地図を、脚のように太い腕を胸の前で組みながら、いつも通りの険しい顔で唸った。


「いや、それはあるまいよ。誘き寄せる気であるなら、しばらくその場に留まるのが自然だが、やつらは小人数を殺傷した後にすぐにその場を離れている。まるで漁師や狩人などが、獲物を絶やさぬように加減して狩りをしているのと同じで連合自治体コムレや都市の住人を一思いに根絶やしたりはしておらぬし、一度襲った場所にはしばらく姿を現さないなどの特徴的な行動をしておるようだ」


「確かに不思議ですね。ショウゾウ様は狩人に例えられましたが、それこそ殺傷そのものが目的で、人間狩りを楽しんでいる……。あるいは、人々の心に、自分たちに対する恐怖を刻み付けるような狙いがあるのかもしれません。あとは私などの考えの及ぶところではございませんね」


漆黒のドレスに身を包んだアラーニェも、その白く整った顔立ちに困惑の色を浮かべていた。


「そうだな。儂もそのあたりが妥当な答えではないかと現時点では踏んでおる。だが、そうであるならば、いずれ連中には早々に消えてもらわねばならん。ふいに出没し、ただ人間の命をいたずらに奪うだけの存在など、飢えた熊や虎などの猛獣にも劣る。彼らは自分の身を守るためであったり、食料にするために襲うのだからな」


ショウゾウは、そう自分自身に言い聞かせるかのように語り、この件に関する議論を打ち切った。



神出鬼没で、その行動範囲が広い≪光の使徒≫たちをいかにして討つか。


ゲイルスケグルたちのように、ショウゾウ自らを餌にして誘き寄せ、個別に罠に嵌めることができれば話が早いのだが、あれからオースレン周辺には≪光の使徒≫は現れず、意図的に避けられている節さえあった。


もしそうであるならば、このオースレンにショウゾウたちの拠点があるのかもしれないという疑いを向こうがすでに持っているという事であり、光王による掃討戦の時のように手薄になったところを狙われぬよう一層の備えをせねばならなかった。


伏魔殿の守りの要には、現在≪剣魔≫ミュルダールを配置しているが、≪獣魔≫グロアを失ったことで、やはり手駒が乏しくなった感は否めなかった。


いざとなったら、魔物たちを大量動員して防衛することもできるが、グロアでさえ命を失うことになった≪光の使徒≫相手に、ほとんどがC級以下の迷宮のモンスターでは、どれだけ通用するか疑問だった。

それに、如何に統制したとしても知能も理性も低い傾向にある魔物たちによって、オースレンの住民に更なる被害が生じることは火を見るよりも明らかなことで、その使用は躊躇われるところであった。


ノルディアス全体を完全に掌握するには、まだまだ有能な人材が必要であるし、ルシアンらが権力の座につけるように、支援もしてやらねばならない。


総力を挙げて≪光の使徒≫の本拠地である≪白輝びゃくき城≫を陥落させることも考えないではなかったが、敵の戦力の全貌が完全に把握できていない現状で、その懐に飛び込んでいく愚は冒したくはなかった。

かつて、エリエンを救出すべく、単身乗り込んだオルディン大神殿において、≪秘文字ルーン≫を用いた罠によって、ヨランド・ゴディンに散々ひどい目にあわされたことがあったのだが、王都のいたるところにはこうしたいにしえよりの闇や魔に対する備えが為された場所がたくさんあるのだ。


ましてや、光王家の居城であった≪白輝びゃくき城≫には無数の≪秘文字ルーン≫が施されていることが容易に想像でき、試してはいないものの≪魔洞穴マデュラ≫による侵入も不可能であろうというのがショウゾウの見立てであった。


ゆえに、こちらから≪白輝びゃくき城≫に攻め入るのは一番避けたい選択だったのである。


「やはり、もっと人材がいるな……。優秀な奴も、そうでない奴も、できるだけ多種多様に。そして何より、儂の持つアイデアの全てを実現させるには、とにかく頭数が足らん……」




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