第209話 忌まわしき名
「どういう……ことなんだ? アーミンを、息子を殺したのは、お前たちではないのか」
デルロスは瘦せこけてぎょろりとした目をショウゾウに向けた。
相変わらず両手は小刻みに震えているが、目に少し力が戻った気がした。
「違うな。お前の息子に憑りついていたロタという≪
「ロ・キ……。忌まわしき名だ……。私が幼き頃、オルデンセ島が出自の乳母に聞かされたオルドの古い言い伝えに何度か登場する。人を惑わし、混乱に陥れようとする狡猾な悪魔と同じ名だ」
「私は聞いたことがないが……」
「ルシアン、それは無理もないことらしい。この本土では、その悪魔の名は忌み名とされていて、古くからその名を呼ぶことすら禁じられてきた歴史があるようだ。若い頃に一度、その名を口にして、当時のオルディン大神殿の神官長にひどく叱られたことがあった。『その悪魔の名を口にする者は永遠に呪われる。その悪魔は地獄耳で地上のあらゆる場所に聞き耳を立てている。争いを起こし、他者がそれに巻き込まれ苦しむのを喜んでいるのだ』と。それ以上の詳しいことは私も知らない。……闇の怪老よ、そのロ・キと貴様らはどういう関係なんだ? なぜ、奴は息子の死に居合わせた?」
「関係という関係は、特には無い。奴について知っていることはほとんどなく、むしろ儂の方がお前たちから教えてもらいたいくらいなのだ。お前たちが悪神と呼ぶヨートゥンの息子であると自称しておることと、魔法使いが、魔法を契約する際の相手方である魔法神たちのかつての筆頭とも呼べる存在であったことしかわからん。だが、かつて魔法院の書物などで散々調べたのだが、奴の名はどこにも存在しておらず、まるでこのノルディアスの歴史の中から忽然とその存在が消されてしまったかのようじゃった。奴が≪
本当は闇の魔法の契約の相手方でもあるのだが、聞かれていないことまでべらべらしゃべる必要はない。
「……そうか。
急にたくさん会話したせいで限界が来たのだろうか、デルロスは人目もはばからずに寝台に横になり、背を向けてしまった。
ルシアンは落胆した様子で、まだ何か話し足りないようだったが、この日の面会はこれで終了となった。
二日後、今度はデルロスの方から話があるということで再び、彼が軟禁されている部屋を訪れた。
その日の彼の様子は、前に来た時とはだいぶ様子が変わっていて、姿勢を正し、ショウゾウたちのことをしっかりと見ていた。
手は相変わらず震え、疲れた顔をしていたが、最初の面会の日以来、ちゃんと食事をとるようになったこともあってか、血色が戻りつつある感じだった。
「……ルシアン、あれから少し考えさせてもらった。今の私に何ができるかわからないが、君の志を微力ながら手助けさせてもらおうと思う」
「デルロス卿! それは本当か? でも急に、なぜ?」
「ああ。是非とも協力させてくれ。私は、失意のあまり、現実から目をそらしてしまっていた。先日の会話で、私にはまだ為すべきことが残っているし、このまま死を待つわけにはいかないことに気が付かされた。この通りの有様で、私自身は君の役に立てるかは自信が無いが……」
デルロスは震える手を握り締め、それを見つめた。
「いや、何も戦場に立ったり、
「……闇の怪老よ。俺が協力するのはあくまでもここにいるルシアンだ。お前たちのような怪しげな闇の者たちに
話に加わって来たショウゾウにデルロスは、はっきりとした口調で言い切った。
「ほほっ、だいぶ元気になってきたようで何よりだ。こちらとしてもお前たちの面倒にかかりきりになるわけにはいかぬし、ある程度、自分たちの力で立って歩いてもらわぬとな。儂らはあくまでもそなたらを陰ながら支援する立場。復興の暁には、その投資に見合うだけの利権を頂くつもりではあるが、まずは転がっておる諸問題を解決せねばな。お前の
去り際に、扉の前で控えていたアラーニェに、「あとは手はず通り頼む」と声をかけ、自らはそのまま扉の向こうに消えたのだった。
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