第208話 デルロスの悔悟

この短期間で、ショウゾウはいくつかの能力を得た。


まずはグロアの死に伴い、まるでその怪力が乗り移ったかのようにショウゾウの身体能力は飛躍的に上がった。

本家本元のグロアには及ばぬものの、まるで獣のように俊敏で、かつ力強い動きが可能になったという実感があった。

少しの間、右足の小指の先の骨がどこか熱く、疼くような感じがあったのだが、それが治まるとともに顕著にその変化が現れだした。


次は、≪光の使徒エインヘリヤル≫ゲイルスケグルを取り込んだことが影響したと思われる力だ。


自らの体内に存在する≪魔力マナ≫を≪光気こうき≫に変換し、魔法という手段を使うことなく、光魔法の一部を直接、具現化できるようになっていた。

魔法分野における師のような存在でもあるアラーニェによれば、これはおおよそありえないことで、人間はおろか魔人の魔法使いであっても不可能なことであるようだった。

魔法神、あるいは魔導神の介在なくしてこういった現象を起こせるのは、神そのものか、それに仕えるヴァルキュリャのような下級神にも匹敵する力を持つ特別なしもべに限定されるのだとか。


そして、最後がレベルアップによって新たな能力を備えたスキル≪オールドマン≫だ。


スキル≪オールドマン≫で、期せずしてゲイルスケグルを引き離すことに成功した後、残されたデルロスは相当に老いてはいたものの、まだ生きていた。


そのことに気が付いたショウゾウは、慌てて精気エナジーの吸収を中断したのだが、その時にある現象が起こった。


勢い余ってのことだったのだが、ほんの少し奪った精気が逆流してしまい、それに伴って老人になりかけていたデルロスの顔がにわかに何歳か若返って見えたのだ。


そのことに驚きつつも、おそるおそるその逆流を意図的に起こしてみると、デルロスはショウゾウのうろ覚えにあったくらいの元の若さに戻ってしまった。


≪魔導の書≫を失ってしまった今、成長レベルアップや新たに得た力などは、自らの体感によってしか確認する術は無いのだが、もともとスキル≪オールドマン≫については、初めからそうであった。


≪魔導の書≫すなわち、あのロ・キは、この≪オールドマン≫についてはおそらく何もわかっていないようで、問いかけても答えは返ってこず、そして曖昧にはぐらかすような表記しか現れなかった。


ゆえにこの力について気が付いたことは、例えアラーニェに対してであっても秘密にするつもりだった。

もし、あの信用のならぬロ・キが万が一、敵に回った場合、闇の魔法はおそらく使い物にならず、そうなれば頼れるのはこのヨートゥン神の力を宿したものであるらしいスキル≪オールドマン≫ということになりそうだからだ。


他者から命を奪い、その命を別の他者に与える。


これが現時点で把握したスキル≪オールドマン≫のレベルアップにより得た新たな能力だ。


前に見た時には≪魔導の書≫の表記にレベル3とあったから、おそらく今はレベル4であろう。

この能力の先に何があるのか、あるいは上のレベルがあるのかは不明だが、現時点でもショウゾウは満足だった。


本来は動かせぬ生命力や寿命という尊いものを、自分だけが蓄積したり、他者間を流通させたりと、自在に扱うことができるようになったのだから。




一度老い、そして再び元の年齢にまで若返ったデルロスであったが、その中身までは元通りとはいかなかった。


ルシアンのたっての希望で、デルロスの面会を許したのだが、その変わり果てた様子に、この新たな光王を目指すことを決めた若者は戸惑いを隠せない様子であった。


ノルディアス王国随一と謳われた大将軍の風格は無く、酷くやつれて、別人のようにやせ細っていた。

ここに捕らえられてからまもなく、一切の食を断つようになってきて、質問にも何も答えようとしなかった。


眼には精気なく、空いた扉にも入室してきた者たちにも関心を示さない。


寝台に腰を掛け、呆けたような顔で壁の一点をじっと見つめている。


「デルロス卿、私がわかるか? ルシアンだ」


歩み寄り、肩を揺するとようやく目線が動き、「ああ、君か」と呟くように言った。


「デルロス卿、貴方の身に起きたことはこのショウゾウから聞いた。色々と大変であったな」


「……ルシアン、すまないが私のことは放っておいてくれ。私はもう君の知っているデルロスではない」


デルロスの両手は小刻みに震え、表情は相変わらず乏しい。

それだけ言うと再び視線を落としてしまった。


「ショウゾウ、私にしたような拷問はしていないということだったが、これはどういうことだ?」


「拷問はしておらんよ。御覧の通りの有様だからな。精神的にも体力的にも耐えられないと判断した。儂の眷属の精神攻撃に晒され、ひどく心を病んでしまったようだったし、加えて彼の愛息の死を伝えたのも軽率けいそつであった。おぬしが会話するまでずっと塞ぎ込み、一言も話そうとしなかったのだ」


「……デルロス、頼む。少しでいいから私と話をしてくれ。私には今、あなたの力が必要なのだ。国を立て直し、この混沌とした状況に秩序を取り戻すには誰かが光王となり、民を導かねばならない。私はそのために自分のやれることをしようと思う」


「……それはご立派なことだ。光王家から≪呼び名ケニング≫が失われたことは、≪光の使徒エインヘリヤル≫たちの会話から察してはいた。誰かが光王にならねばならないのであれば、今やあなたは最もふさわしい人物の中の一人だろう」


「デルロス卿、肉体を奪われていた間の記憶があるのか?」


「皮肉なことだが、すべて覚えている。奴らは、光の使徒とは名ばかりの恐ろしい悪魔だ。この身体を使い、多くの罪のない人間を殺めたばかりか、その死すらを弄んだ。そうして、おそらく、その惨状を目の当たりにして苦悩する私のことすらも、一時のなぐさみにしていたのだろう……」


「では、その光の使徒に、姉の肉体が奪われてしまったのも貴方は知っているな」


「もちろんだ。エレオノーラ様だけでなく、多くの光王家の者たちがその肉体を奪われていた。息子のアーミンもその中の一人だった……」


「デルロス卿、アーミンのことは私からはなんともかける言葉が無い。一度会っただけだが、はにかみ屋のかわいい子だった」


「アーミンはまだ幼かった。大人しく、いつも妻の傍らを離れようとしない甘えん坊なところがあった……。どうして、そのアーミンが、巻き込まれなければならなかったのか。どうして……」


デルロスはうなだれて涙をこぼし、嗚咽した。


「デルロス卿、私も姉を奪われている。それを私は、なんとか取り返したいと考えているんだ。現にあなたはこうして、≪光の使徒エインヘリヤル≫の呪縛から脱し……」


「やめてくれ! なにが呪縛から解き放たれただ? 私はまだ闇の中にいる。聞こえないか? 我ら光王家によって命を奪われた多くの死者たちの怨嗟の声が! 私もかつて戦場で多くの人間をあやめてきた。オルドの血を引かぬ他民族の血などいくら流れても一向にかまわぬと思っていたし、むしろそれが誇りであった。だが、今は違う。眠ろうとすると瞼の裏の闇に、自分が殺してきた相手の顔がはっきりと蘇るようになった。起きていても、壁の染みや木目が誰かの顔に見えてきて、私の罪業を責め立ててくる。アーミンが命を落としたのは、きっと私が積み重ねた罪に対する罰なのだ。私がアーミンを殺した。殺したんだ!」


「……」


溢れ出して零れたデルロスの悔悟の叫びにルシアンは言葉を失ってしまったようだった。


「……おぬしの息子を殺したのは、おぬしではない。魔導神ロ・キだ」


ショウゾウの言葉に、デルロスは思わず立ち上がろうとしたが、衰弱しきった体ではきつかったのか床に倒れそうになった。

それをルシアンが支え、再び寝台に腰を落ち着けさせた。


アーミンの死の詳細については、デルロスには伏せており、ロ・キの名を出したのも初めてのことだった。

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