第207話 裏取引

「……光王になる? 虜囚の身となり、長く仕えた側近たちからでさえ見捨てられた、この私が?戯言を言うな。 ≪呼び名ケニング≫を持たざるものが光王になれるはずがない」


両手を鉄枷で拘束されたままのルシアンが、項垂うなだれて力なく言う。


「戯言などではないぞ。お前が望むなら、すぐにでも光王になれる。儂が、そのための力になろう」


「あり得ないことだ。別天地に残してきた家族や部下も行方が知れないし、財もすべて失った。その私を光王に押し上げて、お前に何の得があるというのだ」


「そうさなあ、損得で言ったら、得しかないな。新たな光王の陰の後ろ盾として、このノルディアス王国の裏の社会を牛耳ることができる。お前さんは表、儂はその裏側という風に住みわければ仲良くやっていけそうだが、どうだ? 悪い話ではあるまい」


「なるほど……お前の望みは富や権力か。案外、俗物なのだな」


「まあ、それそのものに執着があるわけではないが、世の中全てをおのれの掌の上で意のままに転がす心地……。儂にとってはこれが最高の愉悦であるのだ。それを為すために必要な富や権力はいくらあっても善い」


「回りくどいな。それならば、お前自らが王を目指せばいい。 ≪呼び名ケニング≫を備えた光王を上回るような部下を何人も従えているのだろう? その忌まわしき闇の力で、ノルディアスを力づくで奪えばいいではないか」


「ふう、やれやれ。そこのギヨームもそうだが、お前たち若者はえてして目先のことしか考えぬことが多い。お前たちは若者は、老人より長生きするのだ。もっと長いスパンで物事を考えよ。いいか、武力による権力の強奪は、多くの流血を伴う。領土は荒れ果て、民は苦しみ、国力は衰退の一途をたどるであろう。周辺国の侵略にも見舞われるかもしれぬし、そうなれば収拾のつかぬ無秩序と混沌に、この国は陥ってしまうことになるであろう。そんな滅亡寸前の国を手に入れて何になるというのだ。儂はこのノルディアスをできるだけ損なわぬようにそっくりそのまま手に入れたいのだ。儂が今、最も望んでいるのは速やかな権力の平和的移譲。そして秩序の回復だ」


「秩序の回復だと? それこそ、ふざけたことではないか。秩序の崩壊をもたらしたのは、陛下を弑したお前たちであり、それが引き金となって、あの≪光の使徒エインヘリヤル≫たちが封から解かれてしまったのだ。そのせいで、姉上は……」


「水掛け論になると思うが、儂らにしてみれば正当防衛であったし、何より相手の素性も確かではないのに一方的に敵対行動をとって来たおぬしら光王家の者たちもいかがなものかと思うぞ。その……巫女姫ふじょきだったか。お前の姉エレオノーラの預言とやらが要らざる争いを生み、かえって状況の悪化を招いた気がするのだが、これについては何か反論でもあるか? 儂らは、光王家が支配する世の中を覆そうなどとは考えていなかったし、すべてはまったくの濡れ衣であったのだ」


姉の名前を出したせいだろうか、ルシアンは口をつぐみ、より一層元気がなくなってしまったかに見える。


「……まあ、これ以上はやめよう。ルシアン、儂らが本当に邪悪な存在であるかは、今後、お前のその目で確かめるがいい。そんなことよりも、本題に戻ろう。光王になれるという話が本当に可能であるとして、お前は協力する気はないのか? 」


「それはお前の企みをすべて聞いてからでなければ返事をしかねる。私とて、このままお前たちの虜となり、一生を終えるつもりなどない。私には、この身命を賭して、どうしてもやらねばならないことがあるのだ」


「それは、お前の姉を、あのレギンレイヴとかいう光の使徒から取り戻すことか?」


ショウゾウの質問に思わずルシアンが顔を上げた。


「儂の提案を受け入れるなら、協力してやってもいいぞ。儂なら、お前の姉の肉体から、あの≪光の使徒≫を引き離すことができるかもしれん」


「それは、本当なのか?」


「つい先日のことだが、デルロスとかいう男の体から、ゲイルスケグルという名の≪光の使徒≫を偶然にも引き剝がすことができた。まあ、駆け引きがうまくいけばの話なので確かな約束まではできん。他に確実な方法があるのであれば、そちらを取るべきであろうが、少なくとも奴らの呪縛から囚われた者たちを奪い返すことは不可能ではないということだ。どうやら連中は、その肉体に憑りつき操っているだけで、その依り代になっている人間の魂はそのまま、まだ残っている様なのだ。そのレギンレイヴという奴を肉体から追い出せれば、お前の姉も元に戻るのではないかな」


「姉を、あの化け物から解放することができる……」


「まあ、現時点では可能性がわずかにあるというだけの話だ。無駄に期待させても酷だからな。それだけは言っておこう。だが、お前がそうしたいというなら、儂は手を貸そうと考えているぞ」


「……ショウゾウ、私は何をすればいい? 」


「おお、儂らに協力してくれる気になったか。なに、お前はこれまで通り光王家のルシアンとして自然にふるまってくれればそれでいい。あとはこちらですべてやる」


ショウゾウは笑みを浮かべながらルシアンのもとに歩みより、その肩のあたりをポンと軽く叩いた。


「さあ、これで新たなる光王、ルシアン陛下の誕生だ。忙しくなるぞ」

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