第七章 失われし真実と踊る愚者

第205話 騙る者

死者の都と化したゼデルヘイムに虚しくそびえ立つ≪白輝びゃくき城≫の誰もいない大広間の玉座で、≪光神の代行者≫レギンレイヴは困惑し、大きな苛立ちを抱えていた。


「何が起こっているというのだ……。なぜ二人とも我が声に答えようとせぬ」


王都からそれほど離れていない西の方角で、ゲイルスケグルとロタの気配が突如消えた。

激しい気の応酬などもなく、戦闘をした形跡もないのに、忽然とその存在そのものを感じ取れなくなり、そして半日近くが経った今もまだ、その行方をつかめないでいる。


光の使徒エインヘリヤル≫同士は、たとえ気配を消していようとも互いにその存在の在処を常に把握できる能力を有していて、しかもこのぐらいの距離であれば、強く呼びかければ精神感応による会話が可能なはずだった。


だが、ゲイルスケグルたちに、いくら呼び掛けても応答が無く、まるでこのイルヴァースの世界から消滅してしまったかのようであった。


レギンレイヴの宿主、エレオノーラの記憶によると、二人の気配が消えた辺りはオースレンという地名で、少し前に闇の眷属と思しき者を自らの手で討ったばかりの場所でもあった。


あの時は、他にそのような闇の気を持つ存在など感じられず、すぐにその場を去ったのだが、やはりあの地にはまだ何かがあるのだろうか。



今からでもすぐ自ら出向いて行き、状況を確認したい欲求に駆られていたが、レギンレイヴはそれを必死に抑え、この城に留まる選択を選ばざるを得なかった。


レギンレイヴが真っ先にこの≪白輝びゃくき城≫にやって来たのは、いくつか理由があったのだが、その最大のものはやはりこの城に施された無数の≪秘文字ルーン≫の存在だ。


この城の各所に刻まれた≪秘文字ルーン≫には闇の侵入を妨げ、≪呼び名ケニング≫の力を増幅かつ定着を促進させる効果がある。

他にも人間に過ぎない歴代の光王が、神の力たる≪恐ろしき者ユッグ≫の≪呼び名ケニング≫を使いこなせるようになるための多くの工夫がこの城には施されており、まだ完全にその力を掌握できていなかったレギンレイヴにとってもこの場所は最も安全で有益な場所であったのだ。


エレオノーラの肉体に≪呼び名ケニング≫が完全に馴染むまで、この城の≪秘文字ルーン≫の力を借りてもあと半月ほどはかかりそうだ。


もし仮に、ゲイルスケグルらが、何者かに討たれてしまったのであれば、今の現状でそのような場所に向かうのは自殺行為となる。


レギンレイヴは血がにじむほど強くこぶしを握り締め、玉座のひじ掛けに募る鬱憤をぶつけた。



「ご機嫌……麗しくはないようだな」


突然、音も気配もなく、玉座の間に現れた何者かが玉座の間の入り口から姿を現した。


「誰だ!」


レギンレイヴはその美しい顔を険しくし、声を強めたが、帰って来たのは、押し殺しかねたような不愉快な笑い声だった。


夥しい死体の腐臭漂う薄暗い大広間を照らしているいくつかの消え残った≪照明石しょうめいせき≫の明かりがその何者かの顔を照らし出すと、レギンレイヴは驚きのあまり言葉を失った。


魔導神ロ・キ。


この失礼極まりない闖入者の正体は、魔法神たちの筆頭にして、巨神きょしんヨートゥン討滅の首謀者だった神だった。


レギンレイヴは、虚空より、美麗な装飾が施された白い槍を出現させると、それを手に取り、構えた。


「おっと! オルディンの壊れたお人形さん、俺はここに戦いに来たわけじゃないぜ。そんな物騒なものは仕舞いなよ」


「貴様の言葉など信用できると思うのか?」


「それにしても足の踏み場もないね。それに酷い匂いだ。少しは片付けた方がいいと思うが……」


ロ・キはわざとらしく鼻をつまんで見せて、吐くような仕草をする。


「まあ、信用できないというなら帰っても良いが、損をするのはお前たちだぞ。長い間、封じられていたせいか、自分たちが置かれている状況がまるで理解できていないようにお見受けするが、知りたくはないか? 大事なお仲間の安否を」


「貴様ッ、ロタたちに何をした」


「人聞きが悪いな。俺とお前たちエインヘリヤルは、共にヨートゥンらと戦った同志ではないか。互いに背を預け戦ったあの凄まじい戦いの記憶を忘れてしまったのか? 」


「笑わせるな。貴様の姿などあの場には無かった。オルディンや他の神々を焚き付け、自分は雲隠れ。ようやく現れたのは、止めを刺す段になってからではないか。この卑怯者の、父親殺しめ」


「ハア……。本当に、どこに行っても嫌われているな、俺は。これでもお前たちの造り主オルディンの義兄弟だぞ。少しは口を慎んでほしいものだが……。まあいい、信を得るには誠意を尽くさねばならない。お前が知りたいとっておきの情報をただで教えてやろうじゃないか」


レギンレイヴは突然現れたこのロ・キの真意を見定めようとより一層、警戒を強めた。


「いいか? お前の大事なお仲間ふたりは、もうとっくにられちまってる。殺ったのは、光王家の連中が血眼になって追っていた闇の怪老。ショウゾウという爺だ。俺はこの目で見た。ここで語るのもはばかられるような残忍な殺し方で、あっという間にバラバラにされていたぜ」


「……偽りを言うな! 仮にもヴァルキュリャの力を強化されているエインヘリヤルが、例え闇に属するものとは言え、たかが人間などに容易たやすく葬られるものか」


「偽りかどうかは、自分で確かめればいい。ただ、いくら待ってもお仲間は戻っては来ないぜ。俺は、親切でそれを教えに来てやっただけ。邪魔したな。嫌われ者は早々に退散することにしよう。他にも色々と教えてやろうと思ったが、そんな綺麗な顔で睨まれたんじゃ、俺の繊細な心は耐えられない。気が向いたら、また来るよ」


ロ・キは皮帽子のつばを引き下げ、目深に被ると、皮肉めいた笑みを浮かべて、去っていった。






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