第202話 禍の門

ゲイルスケグル、 どこで、何をしている?

はやくわれを助けに来い!


光の使徒エインヘリヤル≫のロタは、心の中でそう強く呼びかけたが、≪念波≫によるいらえは無い。


周囲を探ってもゲイルスケグルの気配はなく、まるで世界そのものから忽然と消えてしまったかのようだった。


≪精霊支配≫の能力を有効に発揮できないこの異空間では、自分にできることは限られており、強みを完全に消されてしまっている。

しかも、向こうにはレギンレイヴによって消滅させられたはずの風の精霊王のほか、得体の知れない能力の仲間が二人居り、しかもこの状況を考慮すると敵はまだ幾人も存在している可能性があった。


ふざけるな。

ようやく現世に蘇ったばかりだというのに、このようなところであっけなく死ぬわけにはいかない。

我はまだ血を見足りないのだ。


まるで無重力のような不安定な場所ではあるが、槍を使った戦闘を得意とするゲイルスケグルであれば、この異空間の適性は自分よりも上だ。

合流して形勢を立て直さなければ……。


だが、そうしてあがくロタの周囲を闇の怪老ショウゾウとその仲間が取り囲む。


「さて、随分と大人しくなったようだが、抵抗はしまいか?」


ショウゾウは、なんとも用心深そうな目つきで徐々に間合いを詰めてくる。

何かコツでもあるのか、この浮遊感のある空間において、まるで普通に地面を歩くかのように足を動かしている。


「やめろ!我に近づくな」


ようやく少しショウゾウから遠ざかるように体が流れたが、向こうの速度の方が速い。


「近づくなと言っている!」


ロタは、≪光気≫の矢を作り出し、それをショウゾウに向かって放った。

これはエインヘリヤルに最初から備わった能力であり、人間たちが魔法と呼ぶものと同じ性質を持つものだ。

ヴァルキュリャだった頃の特性で、自ら生み出す≪光気≫を使用するため、魔法神を介する必要が無く、制御や操作も魔法使い以上の精度を誇る。


だが、ロタの放った≪光気≫の矢は、ショウゾウの前に現れた光る曲面の壁のような物によって弾かれてしまう。


「馬鹿な!たかが人間の魔法使いの≪魔法障壁マディカ≫ごときに、我の≪光滅矢カヤチス≫が弾かれるだと? ありえぬ……、その強度ではまるで魔導神ロ・キの操る真髄たる魔法のようではないか!」


ショウゾウの右の眉が微かに動いた。


「おい、今、何と言った?」


ショウゾウはまるで今の攻撃など気にも留めていないかのように、無遠慮に距離を詰めてきて、ロタの胸ぐらをつかんできた。


「ぐっ、放せ……」


ロタは、≪火魔≫オルゾンによって作られた火の玉が張り付いている方の左腕でショウゾウの右肩を掴んだ。


「闇の主!」


自らの生み出した火でショウゾウを傷つけてしまうことを懸念したオルゾンが慌てて声を上げたが、「このままで善い」という主の声に、能力の解除を断念した。


オルゾンの火は、ショウゾウの右上腕の皮膚を焦がしたが、その火傷による皮膚の損傷よりも、傷が癒える速度の方が速かった。


「魔導神ロ・キと確かに口にしたな。お前、奴のことを知っているのか」


くそっ、この老いぼれ、ただの人間とは思えぬ異様な怪力だ。

それに魔導神ロ・キだと?

奴がどうしたというのだ。


ロタは困惑しつつも、どうにかゲイルスケグルや他の仲間が助けにやって来るまでの時間稼ぎにはなると、内心で舌なめずりした。


「知っているも何も、すべての魔法神の筆頭にして、あのヨートゥンの血を引く……」


「それは儂も知っている。儂が聞きたいのは、奴とお前たちがどういう関係なのかだ。お前の口ぶりでは、随分と奴のことを詳しそうだったが、面識はあるのか?」


「面識も何も、奴こそが、いにしえの神々の争いを引き起こした張本人。我らがヴァルキュリャの栄光を失い、このような呪われた存在に成り果てたのもすべて奴のせいだ!」


「……儂が聞いている話とは違うな。お前たちの言う神々の争いというのは、ヨートゥンとオルディンの間の争いであったのだろう?」


「表向きはそうだ。だが、オルディン神や他の魔法神を焚き付け、争いに導いたのは奴の仕業だ。子でありながら、悪しき神ヨートゥンを欺き、我らと内通していた。混沌なる闇を生み出し続けるヨートゥンを排除し、このイルヴァースに安定と光をもたらすために我らは……」


その時、ロタは、おのれの視界に、ある不思議なものが突然現れたことに気が付いた。


ショウゾウの頭上。


それは、禍々しき気を帯びた一冊の本のように見えた。










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