第197話 石の都
破壊しつくされたオースレンの復興と、王都から流れてきた避難民を受け入れるためには、食料及び物資が著しく不足していた。
都市の城門を閉ざし、避難民たちを追い返すという方策もないわけではなかったが、ギヨームを擁立してこのオースレンを再興するには最初がまず肝心であり、そのためにも悪名を残すような行いはさせたくなかったのだ。
何せ全体で十万人を優に超える人の群れである。
各地に散り散りになっているとはいえ、それでも相当の数であった。
実際に他の都市では、避難民の受け入れを拒絶されることの方が多く、それゆえにオースレンで起こった光王による虐殺の噂を聞きつつも、
迷宮の消滅と共に地上に溢れだした魔物の脅威もあり、人々はとにかく一刻も早く城壁に守られた都市の中に逃げ込みたかったのだ。
オースレンにやって来た避難民の数は現時点ですでに千人にも上っていて、しかも日々少しずつ増え続けている状況だった。
この状況に対して、ショウゾウがとった方策がギヨームによる
街中にその旨を宣言する立札を設置し、わざわざ周辺の領主貴族たちの耳に入るように≪蜘蛛≫たちを使って、各地で工作し、さらには使者を送るという念の入れようだった。
ギヨームを
次期光王に対する忠誠を示すことにもなろうし、何よりこのままの混乱が続くようであるならば領土は切り取り自由だと考えたようだった。
しかも独断による行為だと責めを受けぬように連合を組むという徹底ぶりだった。
長く光王家の支配を受ける間に、そうした大義名分を重視するような処世術的ともいえる一族の生き残りのための思考が染みついているのだろう。
ショウゾウの狙いは、彼らが派兵した軍の持つ輸送物資であり、それを避難民たちに施す当座の食糧に当てようと考えていた。
包囲戦を考慮に入れているならば、その兵数と費やす日数に見合った糧食があるはずである。
東のヴィスボリは≪剣魔≫ミュルダール、北上してくるアウムフェルトは≪
西方からの軍勢は、クリント伯爵軍三百とオロフソフ伯爵軍五百。
ショウゾウは、街道沿いをゆっくりと進んでいるオロフソフ伯爵軍が、ヨールガンドゥを越えて進軍してくるクリント伯爵軍と合流する前に、ずっと放っておいた≪石魔≫シメオンを訪ねた。
アラーニェが言っていた通り、相当の石頭なのか、自ら眷属となることを求めてこず、結局、ショウゾウ自らが足を運ぶことになってしまった。
迷宮から解き放たれた守護者は、その不安定な魂の有り様から、ヨートゥン神の力であったというスキル≪オールドマン≫を宿すショウゾウに臣従を誓うことで、その存在の拠り所としたい欲求があるのだと聞いていたが、どうやら≪石魔≫シメオンはその衝動に打ち勝ったらしい。
久しぶりに訪れたヨールガンドゥは、以前来た時とは様変わりしていた。
瓦礫だらけの廃墟群であったのが、整備されかつての都市の光景を取り戻しつつあった。
通りには、まるで生きているかのような住人の石像が各所各所に見られ、今にも動き出しそうだ。
物を
その石像たちが着ている服装や顔つきなどがとても精巧に作られていて、当時の風俗、文化、生活などを忠実に再現しているかのようだった。
「見事なものだな。ずいぶんと見違えた。これをおぬしが一人でやったのか?」
中央広場で噴水を修復する作業をしていた≪石魔≫シメオンを見つけたショウゾウは、そこに歩み寄り、声をかけた。
≪石魔≫シメオンは、作業の手を止め、その目の前で片膝をつく。
頭を丸めた
固く握りしめた拳は工人の様に大きく、なんとも厳めしい。
「ショウゾウ様、貴方様の方こそ、見違えるほどの成長ぶり。このシメオン、感服しました」
「そうかな? それほど違って見えるか」
「はい。闇の主として、真に相応しきお方におなりくださったと、歓喜のあまり、心の内で震えております。今の貴方様であれば、我がすべてを捧げるに値します。どうか、眷属の端にお加えください」
「そうか。ようやく、おぬしの目に適ったというわけだな。迷宮の守護者たちの中で、儂を値踏みしたのはお前だけだったが、こうして勿体付けただけの力量はあるのだろうな?」
「ご期待に沿えるよう、まずはこのヨールガンドゥに向かってくる冒涜者どもを血祭りにあげて御覧に入れましょう」
「ほう、さすがに気がついておったか」
「大地を蹴る軍靴、馬蹄の響き。険しい山々を避けて、この拓けたヨールガンドゥを抜ける気なのでしょう。ショウゾウ様、我は大地を友とし、物言わぬ岩石に命を吹き込み、自在に操ることを得意とします。彼の者たちは、我が宿す≪
≪石魔≫シメオンがそう言うと、周囲に置かれていた石像たちが一斉に動き出し、こちらに集まって来た。
その数は、視界に入っているだけでも百は優に超える。
「善し。ではこちらはお前に任せるとしよう。では、≪石魔≫シメオン。汝を我が眷属に加える」
「ありがたき幸せ。我らの同胞が眠るこの聖地に踏み入らんとする愚か者たちに常しえの苦痛と悔悟を与えてやりましょう」
シメオンはまるで彼こそが、石の塊なのではないかと錯覚するほどの動じぬ様子で、首を垂れたまま、ショウゾウに誓ってみせた。
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