第196話 剣魔の冴え

現光王たるヴィツェル十三世の不慮の死の報が王都にもたらされたのは、王城たる≪白輝びゃくき城≫が得体の知れない怪物たちによって占拠されて間もなくのことであった。


城の奪還を目指し、近隣の兵力を集めて包囲の陣を敷いていた光王家に仕える重臣たちは、オースレンから届いたヴィツェル十三世が何者かに弑逆されたという報告を聞き、収拾のつかない混乱の極みへと陥ることとなった。

謎の一団に占拠された王城も奪還できずにいて、しかもそこに光王崩御の報せが飛び込んできたのである。

この場を仕切っていたのは、宰相のデュモルティエであったのだが、動揺する他の家臣たちを統制することができずに、右往左往するばかりだった。


次の光王は、誰が継承したのか。


この一点に臣下の興味が移り、次代の光王の身柄を確保しようと持ち場を離れる者が続出し、包囲体制が崩れてしまった。

城に突入した者たちが全滅して、一人も戻ってこないという状況であったため、一度崩れ始まると歯止めが利かなくなってしまったのだ。


こうした状況の中で、デュモルティエ自身も自らの地位と権力の保全を図るために、方針を転換して、別天地及び各地に散っている光王家の血を引く者の中から≪恐ろしき者ユッグ≫の≪呼び名ケニング≫を受け継いだ者を探すために奔走せねばならず、麾下の将兵をまとめて、主無き王城を離れた。



ノルディアス王国の都ゼデルヘイムに住む市井の人々もまた光王家に起きたこの変事と無関係ではいられなかった。


白輝びゃくき城≫から飛んできた光る翼を持つ者エインヘリヤルたちに襲われ、この王都から身一つで離れざるを得なくなったのである。

エインヘリヤルたちは、まるで殺しを楽しむかのように、オルドの血を持たぬ人間を嗅ぎ分け、標的をいたぶり、そしてその屍をも弄んだ。


エインヘリヤルの力は凄まじく、大魔法院の魔法使いたちや冒険者ギルドの猛者たちが束になっても敵わなかった。

住民たちが逃げるための時間稼ぎにはなったものの、やがて各々、落ち延びることを決断するほかは無くなり、辛うじて命を拾った者は王都を去ってゆくことになった。


まるで猫が獲物を弄ぶかのような光を纏った殺戮者たちの恐ろしき振る舞いに、オルドの血を引く者もそうでない者も皆こぞって都を離れようと群れを成した。


こうして王都は、血と恐怖に染まり、千年の繁栄と栄華を誇ったゼデルヘイムは人影のない死の都へと変貌を遂げたのである。


王都の城門から散り散りになって逃げた者たちの数は十数万人に上り、周辺の都市に流れ込んだ。

そして、その者たちを通じて、光王家が陥った深刻な事態を領主貴族たちも知ることになったのであるが、それだけの数の難民を受け入れる備えなどあるはずもなく、各地で大きな混乱が生じることとなった。


彼ら領主貴族の興味もまた、次なる主君となる新光王に誰になるのかという点に集まっていたのだが、そのような者が現れるはずもない。

≪光神の代行者≫を自負するレギンレイヴによって、≪恐ろしき者ユッグ≫は巫女姫ふじょきエレオノーラの肉体に宿ってしまっており、次代の光王であることを証明する証は他の何者にも移譲されなかったのだから。



こうして誰もが様子見に回らざるを得なかった状況の中で、ショウゾウの動きは迅速だった。


虜囚ルシアンからの情報で、次期光王の誕生までに相当の時間がかかると踏んだショウゾウは、元領主の次子ギヨームにオースレンの統治者である旨を宣言させ、「領王りょうおう」を名乗らせた。

これはすなわち光王家がその権威を認めていない新たな独立勢力の誕生を意味し、ギヨームが従来の領主家の血を引くものであることを考慮しても、未だ光王家に臣従している周辺の領主貴族たちの反感を大いに買うことになった。


次代の光王が即位した後の点数稼ぎの意味もあってのことだろう。

周辺の領主たちは競って、オースレンにギヨーム追討のための軍を向けてきた。


領王ギヨームには、王都から逃れてきた民を無条件で受け入れさせた他、その難民の保護のために、グリュミオール家が代々蓄えてきた私財を投げうたせ、さらには領内の村々を光王兵の残党から守るべく巡回警備に力を入れさせたが、攻め寄せる周辺領主らの追討軍の相手はショウゾウらが行い、これにはあえて関わらせなかった。


敢えて周辺の領主貴族の反感を買い、攻めさせたのには、ショウゾウのある狙いがあったからだ。




グリュミオール領の東の境には、隣接するヴィスボリ男爵領から侵入してきた軍勢の姿があり、その数は五百に迫る数であった。

ヴィスボリ男爵は自らこの軍を率い、他方面から同時に攻め寄せる領主貴族たちの軍とオースレンで合流する予定であったのだが、その進路上に立ちふさがるたった一人の男のためにその目的を果たすことができなくなった。


その男は長いくすんだ色の銀髪を無造作に束ね、一振りの長剣を携えてはいたが、軍装ではなく、旅人か冒険者を思わせる出で立ちであった。

だが、その眼光は鋭く、街道にただ一人立っているだけなのに、軍馬たちが怯えて一歩も動かなくなってしまった。


「貴様、何者であるか!我らの進軍を阻む者は何者であっても許さぬぞ」


ヴィスボリ男爵の傍らにいた武将の一人が大声で呼びかけたが、その男は何も答えない。

そして表情一つ変えずに、手に持っていた獲物を鞘から引き抜くと無言でその武将のもとに歩み寄り、剣光一閃、乗っていた馬ごとその武将を両断した。


「ろ、狼藉者! 敵だ。この男は敵だぞ!」


これがヴィスボリ男爵がこの世で発した最後の言葉となった。


武将を斬っても男の動きは止まらず、流れるような剣捌きで傍らのヴィスボリ男爵を片付けると、そのまま軍勢の中に入って行き、騎兵も歩兵も関係なく、刃圏に入ったすべてを斬り伏せていった。


軍に帯同していた魔法使いは、慌てて詠唱を開始しようとしたが、それが終わる間もなく、その心の臓を一突きにされて、絶命した。


男はそのまま一目散に、軍の最後尾にいた輜重隊の元に向かい、歯向かう者を皆殺しにした。


それはまさに電光石火の出来事であった。


男の襲撃を受けた兵卒たちの状況理解がここでようやく追いつき、阿鼻叫喚の様相に変わった。

主君を討たれ、糧食を奪われたことなど顧みる余裕もなく、兵たちは散り散りになって逃げ去っていった。


彼らにしてみれば、襲ってきた相手の素性もわからず、ただ凄まじく剣の腕が立つ何者かに襲撃されたとしかわからなかったであろう。

見た目にはただの人間のようであったし、魔法や怪しげな術を使うこともなかった。

それはただ神懸かり的な剣技のみによって行われた殺戮であり、その男が光王を殺害したというグロアと同様の≪魔人≫であると気が付いたものは一人もいなかった。


「……済んだぞ」


男は、置き去りにされた十数輌の荷車とそれを運ぶ家畜を涼しい顔で眺めながら、呟いた。


その呟きがまるで合図であるかのように、近くの空間が歪み、そこにぽっかり空いた穴から、不気味な動く全身鎧や曲刀などの得物を持った亜人らがぞろぞろと出てきた。


『ミュルダール様、逃げた連中を追いますか?』


一際ひときわ凝った装飾の全身鎧が、そのあちこちの隙間から瘴気を漏らしながら片膝をつき、尋ねてきた。

背に大剣を背負い、見るからに物々しい。


「いや、敗走兵にはかまうな。すべてはショウゾウ様のお指図の通りだ。騎馬や家畜、輜重車の積荷は伏魔殿に運べ。死体はお前たちにくれてやるから、あとは好きにするがいい」


男は、そう言い捨てると剣に付いた血を払い、何事もなかったかのように鞘に納めた。





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