第193話 オースレンでの結末

光王ヴィツェル十三世の死。


それは十三体の≪光の使徒エインヘリヤル≫の封印を解くきっかけになったばかりではなく、人の世における多くの変化をももたらすことになった。


それは千年に迫ろうという長い支配の歴史により構築された社会秩序の崩壊を意味し、さらには大陸最強国とかつて呼ばれたノルディアス王国の凋落ちょうらくの始まりでもあったのである。

光王の死は、オースレンから逃げ出した大勢の光王兵などから瞬く間に国の全土へと伝わって行き、そして周辺の諸国にもやがて知れ渡るところとなる。



そうした変化の兆しがまず先に表れたのは、やはりヴィツェル十三世が没した地であるオースレンであろう。


光王兵らの略奪と凌辱のを生き延びたオースレンの人々がその怒りの矛先を向けたのは現領主フスターフとその一族であった。

大勢の人々が城に大挙して集まり、そして領主の追放を求めて糾弾の声を上げたのだ。

集まった群衆の中には、都市封鎖の命令に反し、住民の側に着いたオースレン兵もいて、城の周囲は騒然とした雰囲気となった。

その数は千を優に超え、怒号や非難の声が城内にいた者たちに身の危険を感じさせるほど大合唱となっており、今にも暴徒となった住民が扉を打ち破り、なだれ込みそうな気配であった。


そうならなかったのは、この群衆が暴徒化せぬように押しとどめていた人物がいたためであり、そうできるだけの兵がこの場にいたことを意味する。


これは城に立て籠もるフスターフらにとっては皮肉なことであったのだが、その人物とはグリュミオール家の次子ギヨームであった。


ギヨームは、都市封鎖を命じた光王に追従した現領主フスターフに危害を加え、反旗をひるがえした謀反人であったが、住民たちにしてみれば自らの身の危険を顧みず光王兵から救ってくれた英雄である。

その姿に心を打たれ、付き従った兵も最終的には二百近くに上っていた。


ギヨームは城内に籠る兄フスターフに使者を送り、無血開城を迫った。

そしてオースレン外への即時追放の条件を呑むのであれば、当主のフスターフを含めた一族の命は保証するが、それ以上の交渉及び譲歩は認めない旨を伝えた。


フスターフは決断に苦しんだが、弟のルカの進言を受け、これを受け入れた。

家財もほとんど持たずに、追われるように一族郎党率いてオースレンを去ったのである。


こうして、長くこの地の主であったグリュミオール家の支配の歴史は、一先ず幕を閉じることになった。




「ショウゾウ様、これでオースレンはあるじ無き土地になりました。どうか、この地を治め、我らを御導きください」


伏魔殿ふくまでんの玉座にあるショウゾウに、臣下の礼を取り、眼前で首を垂れているギヨームが恭しく口上を述べた。


ショウゾウは、各地の≪蜘蛛≫たちから上がってくる多くの報せに目を通しながら、ギヨームの状況説明を聞いていたが、ふとそれをやめて、ようやくギヨームの方を見た。


「……ギヨームよ。儂にオースレンを治めろというのは、それはおぬしの本心なのか。アラーニェによれば、お前は兄弟たちとの間で後継者争いをしていたというし、領主の座に着くのがそなたの宿願だったのではないのか?」


「いえ、もはや領主の地位に未練はありません。私の心にあったのは兄弟たちへの醜い嫉妬、対抗意識、そして劣等感だけ。決して心から領主になりたいなどと望んでいたわけではないと気が付かされたのです。アラーニェ様の≪蜘蛛≫を受け入れ、闇に属する人間として生まれ変わったおり、そうした我執がしゅうなどすべて深い闇の懐に落ちて、取るに足らぬことの様に思えるようになったのです。今の私の心にあるのは、闇の主たるショウゾウ様と生みの親にも等しいアラーニェ様への忠誠だけなのです」


「ふむ、つまらんな。では、儂が死ねと言えばおぬしは死ぬのか?」


「死にます。この命、喜んで捧げます」


ギヨームの返事に、ショウゾウは肩を落とし、深いため息をついた。


「おい、アラーニェ。これではまるで傀儡くぐつのようではないか。お前もずいぶんと罪なことをする」


「いえ、ショウゾウ様、それは違いますよ。≪蜘蛛≫たちには皆、自我が残っています。彼らの心に巣食った私の使い魔がその食料として奪うのは、不安や恐怖、葛藤、トラウマ、そしてそのギヨームが言った劣等感などの人の抱える負の感情を、それもほんの少しずつ、徐々にです。我らに従うことを喜びとするのは、大いなる闇に身を委ねることの愉悦を知ったが故……。≪蜘蛛≫たちは、それを味わっていたいがために、我らに忠誠を誓っているのです。人の心は本来弱く、脆きもの。己を超越するような絶対的な存在に身を委ねることが何よりの心の平穏と幸福感となるのです」


「そういうものであろうかな? 儂にはわからんが、いずれにせよ、ギヨームよ。オースレンの統治はおぬしに委ねようと思っておったのだ。これはアラーニェが気を利かせたことであったようだが、うまいこと民衆の支持も得られるよう立ち回ったようであるからな」


「しかし、私のような若輩じゃくはいにそのような大任が務まるでしょうか? 今回のことも私はアラーニェ様の指示通り、立ち回ったにすぎませんし、何より幼少期より武芸一辺倒で勉学にもうとく、政治にまつわる大事には関わらせてもらったことがありません」


「そんなものは、誰しもがそうであろう。そういうノウハウだのを全部会得してから何かをやろうと考えたら、それこそみんなあっという間に年寄りになってしまう。おぬし、随分と老けた顔をしておるが、まだ二十代の半ばにも至っておらんのだろう?いいか、若いということはそれだけで大きな利点となるのだ。わからぬままに、頭を抱えながらで良い。まずは精一杯やってみよ。そのうち、本物になる。なに、儂やアラーニェも影ながら力を貸してやるから、そんなに心配するには及ばんぞ」


「しかし……」


「しかしもかかしもあるか。いいか、儂は今とても忙しい。オースレンだけにかかりっきりになるわけにはいかんのだ。儂を助けるためと思って力を貸せ。儂のために死ねるのだろう? 死ぬ気になれば、なんとかなる。いいな」


それだけ言うとショウゾウは、今度はアラーニェからノルディアスを中心に描かれた地図を受け取り、そちらの方に視線を移してしまった。


ギヨームは、更に深々とこうべを垂れると「仰せのままに。身命を賭して、オースレンの統治者としての責務を果たします」と誓いの言葉を口にして退出した。





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