第189話 勝者の末路

仰向けになり動かない光王ヴィツェル十三世の体から、文字のような模様が表面に浮かんだ小さな太陽のようなものが浮かび上がり、オースレン領主の城の方角に向けて凄まじい速度で飛び去った。


その小さな太陽が脱け出た後のヴィツェル十三世の亡骸はまるで同一人物だと思えぬほどに萎んでしまっており、皺だらけでみすぼらしい姿だった。


ごくわずかにその場に残った側近たちが、その光王の亡骸を馬に乗せ、他の散り散りになって逃げた兵たち同様に逃げ去っていったが、獣魔グロアはそれを追わなかった。


獣魔グロアは、≪獣魔化≫を解き、強大な野獣から元の魔人の姿に戻ると、重い足取りで南地区へと向かった。

その道すがら、民衆を虐げ、略奪を行っている光王兵を排除したが、助けられた人々は、あらわになっている古い火傷跡が残る頭部を目の当たりにすると、感謝するどころか、「化け物」などと罵り、そして恐怖のあまり何処かに逃げ去っていった。

獣魔グロアはそうした人々の態度を気にした素振りもなく、満足げな表情で、助けを求める声や略奪者の怒声を聞きつけては、その場の安全を確保してやり、休むことなく、次々と移動してはそうした行為を繰り返していた。


誰に対するものかわからぬ憤怒を瞳に宿して、殺して、殺して、殺し続けたのだ。


オースレンの街中に撤退を知らせる銅鑼の音が鳴り響きだすと、南地区で悪逆の限りを尽くしていた光王兵たちもにわかに逃げ出し、城門へと殺到し始めた。



生き残った南地区の住民たちは、自分たちを救ってくれた傷だらけの異形の戦士の姿を遠巻きに眺めていたが、その風貌の異様さから、やはり駆け寄る者もなく、歓声を上げる者もまた皆無であった。


周囲の安全を確信した獣魔グロアは、そうした人々の視線など気にも留めずにその場に腰を下ろし、しばし休息をとることにした。

光王から受けた負傷と全身に受けた剣や槍、矢からなる傷を癒しきれておらず、≪獣魔化≫を使った影響で、そのための≪魔力マナ≫も体力も、もはや枯渇しかかっていたのだ。


すべてを出し切った満足感と、自らの一族ではないものの、無力な民を救えたという達成感に獣魔グロアは思わず顔をほころばせた。



ぽつり、ぽつり。


獣魔グロアが呆然と見つめる地面に雨のしずくが落ちてきて、見上げると空は一面の分厚い雲に覆われて、異様なほど暗くなっていた。

そして、一筋の雷光を合図にしたかの如く、万雷が見渡す限りの空で巻き起こった。


遅れて凄まじい轟音が鳴り響き、少々のことでは動じることのない獣魔グロアではあったが、大地に突如出現したいくつもの光の柱の存在もあって、思わず身構えるほかは無かった。


それは忌まわしき記憶。


かつて獣魔グロアの元となっていた魂が、まだ一人の人間として生きていた時代。


北方の島国からの侵略者であるオルドの軍勢とともにやって来たオルディン神の眷属たちを思わせる強い≪光気≫が、このオースレンをはじめ、遠く離れた各地から複数感じられたのだ。


その≪光気≫は、さきほどの光王など比べ物にならないほどに強く、まだ迷宮から解放されたばかりの魔人たちが、その存在を知られることを恐れていた≪光の使徒≫たちのものであることは容易に察しがついた。


≪光の使徒≫――それは、死者の霊をも操るオルディン神によって生み出された殺戮兵器だ。

オルディン神は、殺された味方の霊魂を用い、かりそめの自我と自身の神力を持たせてその尖兵として、彼らを使役していた。


≪光の使徒≫は、ヨートゥン神にくみし敗れた人々と、地上の魔のものたちの虐殺を無慈悲に遂行し、さらにその故郷や史跡などそれにまつわるすべてを灰燼かいじんに帰さしめたのだ。


獣魔グロアの脳裏にも、その時代の≪光の使徒≫の脅威ははっきりと染みついてしまっている。


じらせなくては。

なかまに、ショウゾウさまに。


獣魔グロアは、目の前の空間に≪魔洞穴マデュラ≫を開こうとしたが、それは叶わなかった。


突如、煌めく光の矢が一瞬でグロアの横腹を貫いたのだ。


光の矢が放たれた方を見やると額に忌まわしき≪光気≫を身に纏った、白金の長い髪の少女が宙に浮かんでいた。


そして、「悪神に連なる者には死を……」の言葉と共に二の矢を放ってきた。


獣魔グロアにはそれを避ける力はもう残っていなかった。


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