第186話 力の代償
ヴィツェル十三世の手にある宝剣は、その名をファル・ファザードと言い、光王家に代々伝わる由緒正しき神器である。
初代光王がオルディン神から授けられたというこの一振りの剣は、≪
だが、その能力はまさに諸刃の剣で、使用者に宿る神の力と生気を、半ば強制的に吸い上げるために著しい肉体的、かつ精神的負担を強いてしまう。
全盛期の若者時代であればその負担にも十分に耐えることができたのだが、老境に差し掛かったヴィツェル十三世には、この宝剣の使用は相当の覚悟が必要なものであった。
さらに、≪
長時間の戦闘は、高齢の光王自身の命にも影響があり、寿命を削ることになりかねないリスクがあるのだ。
そうしたリスクを理解しつつも、これらの力を出し惜しみできないだけの脅威が、目の前のグロアと名乗る怪物には存在していた。
そして、もし、このグロアという怪物が古より光王家に伝わる≪闇≫の脅威のほんの一端、つまり雑兵にすぎぬ存在であったならば、九百五十年近くにわたって続く光王家の支配が終わってしまうという危惧すらもヴィツェル十三世は抱いていたのだった。
怪老ショウゾウなる
人間が、本来持たざる恐るべき神の力を行使するに伴う代償。
それを自らの命で支払うことになっても、最後の光王にはならぬという決意をヴィツェル十三世は人知れず胸の内で固めていた。
王朝を終わらせた者として、余が歴史にその名を刻むことになるなど、耐えられぬ。
この怪物を刺し違えてでも倒し、次なる光王に≪
ヴィツェル十三世は、ファル・ファザードの剣柄を両手で強く握り、獣魔グロアに迫った。
獣魔グロアもまたそれを迎え撃たんと突進を開始し、一気に間合いを詰めたが光王の輝く宝剣の振り下ろしに対応して、一旦、直角に飛びのいた。
それはまさに巨体であることを感じさせない機敏な野生動物を思わせる動きで、そこから再び、鋭い爪をもつ右手の一撃を加えようと目先を変えて飛び掛かって来る。
ヴィツェル十三世はそれを≪
その破壊の凄まじさに、兵たちからは悲鳴のようなものが聞かれ、ヴィツェル十三世自身も刮目せざるを得なかった。
「くっ、やはり人というよりも獣の如き動きだな。そして何よりすさまじき力と速さよ。だが、今度は余の番だ。くらえ、ファル・ファザードの≪威光≫を!」
ファル・ファザードが一際強い光を放ち、それがまるで巨大な稲光のようになって獣魔グロアに走る。
それはまさに一瞬のことであったので、恐るべき反射神経を持つ獣魔グロアでさえ逃れることができず、全身を迸り荒れ狂う光によって覆われてしまう。
「グガァアアアアッ!」
獣魔グロアの強い毛に覆われた肉体が、次第に焼け焦げていき、激しく痙攣する。
兵たちはにわかに活気づき、歓呼の声で溢れたが、ヴィツェル十三世もまた激しい疲労と眩暈で片膝をつき、大量の汗を滴らせながら、項垂れてしまった。
「陛下! 」
ヨランド・ゴディンと側近の者たちが駆け寄ろうとするがヴィツェル十三世はそれを手で制し、呼吸を整えながら立ち上がった。
その目には戦意は消えておらず、焼け焦げても尚、倒れることをしない獣魔グロアを見据えた。
「……化け物め」
一気に十歳ほども老けたような印象になったヴィツェル十三世は身を引き摺るようにして前に進み、残されたすべての力を込めてファル・ファザードを獣魔グロアに振り下ろす。
心臓が軋み、今まで感じたことのない脱力感があったが、今の自分が引き出し得るだけの全力を絞り出したつもりだった。
だが、その攻撃はあっさり右手で受け止められ、獣魔グロアはその傷だらけの焼けただれた野獣の顔を歪ませて笑った。
刃に帯びた弱弱しい光は、獣魔グロアの手のひらの皮をわずかに焼いたが、その分厚い表皮を覆う仄暗い闇の力に阻まれて、それ以上の損傷を与えられていないようだった。
しかも、この化け物の全身の≪威光≫による火傷も、身の内から溢れ出る命魔法の光によって少しずつではあるが癒え始めており、深手を負わせてはいないことに気付かされる。
「年は取りたくないものだ。老いてさえいなければ、お前のような獣如きに……」
万全であれば、≪
どうやら神の力のほとんどは老いた肉体の生命活動の維持の方に回されている状態のようで、器が耐えきれないほどの出力は出せなくなっていたようだ。
これほどまでに衰えていたとは……。
長く実戦から遠ざかり、己が力をすら見誤っておったわ。
ヴィツェル十三世は、ファル・ファザードを手放すと、無念の表情を浮かべ、天を仰いだ。
「ざらばだ。いまいましぎ、ひかりのまつえいよ」
獣魔グロアは、歪に発達した左の拳を強く握り、腰を深く落とすとただそれをまっすぐヴィツェル十三世の胸部めがけてぶつけた。
それは純粋な暴力の結晶であり、常人であれば一瞬で原形をとどめなくなるほどの衝撃であったが、仮にも神の力の一部を宿していた肉体である。
鋼鉄を加工して作った白く華美な装飾の鎧は拳の形にひしゃげ、重く響く衝突音が辺りに響き渡ったが、ヴィツェル十三世の体は砕け散ることは無かった。
まるで大人に蹴られた子犬のような軽さで、はるか後方に吹き飛んでいくに留まり、そして動かなくなった。
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