第181話 抗う者たち

良心を捨て去り、欲望によって獣と化した兵たちが、一斉に解き放たれ、オースレンの街は阿鼻叫喚の地獄と化した。


外出の禁止を命じられ、屋内から外の様子を見るだけだった街の人々も、ようやく自分たちの置かれている立場を薄々と気が付き始め、どうにか逃げ出そうと家を飛び出したり、また逆に家具などで扉を塞ぎ、建物内に暴漢と化した兵士たちを侵入させまいとするなど、各々それぞれが何とか助かろうと行動を始めたのである。


だが、所詮はそういった荒事とは無縁の日々を平和に暮らす者たちである。

厳しい訓練によって鍛えられた兵たちに抗う力など持ち合わせてはいない。


兵たちは、逃げ惑う街の人々を、殺し、虐げ、そして散々に嬲ろうとした。


這う這うの体で、ようやく城門に辿り着き、街の外に逃げようとする者も多くいたが、武装した領主の兵により封鎖されてしまっていたためにそれはかなわず、威嚇のために城壁の上から射かけられた矢などによって、やむなく引き返すほかは無かった。


こうして、オースレンの外に出ることもかなわず、かといって暴力に酔いしれた兵士たちに抗う力を持たない無辜の民たちは、絶望し、ただただ偉大なるオルディン神に祈ることしかできなかったのではあるが、そんな人々を勇気づけ、なんとか生き残りを助けようとする者たちがごくわずかにではあるがこの街にも存在していたのである。



オースレンの冒険者ギルドの長であるハルスは、街に滞在していた冒険者たちを集め、職員たちと共に建物内に立て籠もり、そこを拠点にして光王の兵と戦った。

管理型公営迷宮のおかげで、他都市からやってきていたB級に近い中堅クラスの冒険者も割と滞在していたこともあり、かなり善戦することができたのであるが、それでも敵を防ぐのが精いっぱいで、逃げ惑う人々を外に救いに出る余裕などは無かったのである。

それでも冒険者ギルドを頼って集まって来た付近の住民たちをできるだけ受け入れ、その命を守ろうとした。


そして、もう一人。

暴虐の限りを尽くす光王の兵たちに反旗を翻した人物がいた。


オースレンの前領主コルネリスの次子にして、衛兵隊長に復職していたギヨームである。


ギヨームは実の兄であるフスターフに浅からぬ傷を負わせた後、領主の城から逃亡し、その足で衛兵隊の詰め所にやってきた。

衛兵隊の詰め所の庭には、衛兵たちの家族が大勢避難してきており、雑然とした状況であったが、ギヨームはその者たちに目礼をし、その場を通り過ぎると建物内に入っていった。


衛兵たちはこれから割り当てられた東の城門の警備に向かうべく準備し、そこで待機していたのだが、待ちわびていた隊長の到着に、一層表情を引き締めた。

隊長であるギヨームの前に整列し、その言葉を待つ。


「皆の者、随分と待たせてしまったな。フスターフ兄上の説得は叶わず、やはりオースレンの民は見捨てられることが決まった」


ギヨームの言葉に衛兵たちは落胆の色を隠さなかった。


「我らは光王の命令通り、これから東城門の封鎖に加わらねばならぬが俺はここでお前たちと袂を分かとうと思う。俺はやはりこの地を長く統治し続けていたグリュミオール家の者として、このような民への暴虐を見過ごすことはできない。おそらく無駄死になるであろうが、一人でも多く民を守り、そして死ぬ」


「お待ちください。それではわれらはどうなってしまうのでしょうか?」


兵たちは動揺した様子で、ギヨームに詰め寄ろうとしたが、副隊長のダカートがそれを一喝し、控えさせた。


「ギヨーム様、今の言葉は一体、どういう心境から出た言葉なのでありましょうか。幼き日より、あなた様を知る私からすると正直、困惑しております。まるで、人が変わってしまったかのような……」


このダカートは、役職的には副隊長であるが、実質的な衛兵隊の統括責任者であり、前領主コルネリスの信任厚く、ギヨームのお目付け役のような立場の者である。


「そのように思われても不思議ではない生き様を俺は晒してきた。同じ領主の子でありながら、他の二人の兄弟の母よりも出自の悪い女から生まれたという引け目を持ち、彼らへの嫉妬から自暴自棄のようになってしまっていた。だが、お前たちも知っていると思うが、あの貧民街での無様な失敗のあと、寸でのところで命を拾った俺は自分をもう一度見つめ直そうと考え、そしてこれまでの生き方を恥じるとともに、生まれ変わろうと誓ったのだ。その自分に嘘は付けぬ。光王の命令は、人の道に外れたものであり、いかにこの国の頂に立つ者と言えども、このような暴挙が許されるはずはない。お前たちには、守るべき家族があり、従わざるを得ない立場であろう。よって、お前たちは光王の命通りに城門へ向かえ。俺はこれより民を一人でも生かせるように、この剣を振るう覚悟だ」


「ギヨーム様、その言葉、本気なのですな?」


「そうだ。さあ、おまえたちはもう行け。光王の号令がもうじき下るぞ」


「何と申しましょうか。このダカートはうれしゅうございますぞ。体は、ほかの御兄弟よりも大きかったですが、気が小さく、優しい心を持っていたギヨーム様が、歪み、捻じくれて、粗暴なふるまいをするのを悲しく思っておりましたから。ギヨーム様、どうか、このダカートめも、その死出の旅路にお連れ頂けませんでしょうか? 私は昨年、流行り病で妻を亡くし、子もおりません」


「馬鹿な。これは勝算のない愚行としか呼べぬ決断だ。お前は、部下たちを引き連れ、城門へ向かうのだ。務めを果たせ」


「ギヨーム様、私もお連れください。正直、此度の光王様の振る舞い、内心許せぬと憤っていたのです。あのお方を前にすると、気が縮こまってしまい、抗う気が起きなかったのですが、ギヨーム様の心の内を聞き、勇気が湧いてきました」


我も我もという声が兵たちから上がり、ギヨームはそのことに礼を述べたが、ダカートたちの同行は断固として認めなかった。

そして、隊長としての最後の命令であるとして、半数を東城門の増援に、半数を詰め所の守りとするように伝え、この場を去った。


ギヨームはそのあと、黒蜘蛛の入れ墨をした少数の者を引き連れ、従騎士隊の守る西の城門を急襲した。

城門前に詰めかけた住民たちを扇動し、城門をこじ開けさせるとそこから一人でも多く逃れられるようにその退路を守った。


ギヨームは矢傷などを負いながら、かつての彼を知る者であれば驚くほかは無いほどの驍勇ぎょうゆうさを示し、いつしか彼の周りには、城門封鎖をしていたはずのオースレンの兵たちが集まりだし、その指揮下に入ったのである。


だが、その数はわずか百を超える程度。


光王の本隊や腕利きぞろいの神殿騎士たちなどでなくとも略奪行為に夢中になっている精兵たちがこの場に駆け付けてきたならば、為す術もなく踏みつぶされてしまうような戦力であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る