第180話 醜い化け物

作戦開始を告げる合図とともに荒ぶる兵たちが、一斉に動き出した。


それは軍律により制御された集団的行動ではなく、野盗のごとき、無秩序かつ無法な略奪行為を伴うものだった。


この掃討戦を行う兵たちのほとんどは王都及びその近郊で集められた精兵で、オースレンとの関わりがそれほどあったというわけではなかったのだが、やはり同国人に対する虐殺行為とあって、王命とはいえ、その士気はとても低かった。


光王ヴィツェル十三世は、その士気を高めるために、このオースレンの掃討においては、略奪や凌辱など如何なる行為も目をつぶると約束し、さらに「早い者勝ちである」と兵たちをあおり立てたのだった。

その上、怪老ショウゾウのしるしを挙げた者には金貨百枚が与えられることになったので、最初は浮かぬ顔であった兵たちは目の色を変えることになった。


人間を欲望の力によって、獣に変えたのである。


「……さて、どう出てくるか」


いかに精兵と言えども、この者たちに怪老ショウゾウを討てるとは光王は微塵も考えてはいなかった。


この兵士たちの役目はあくまでも怪老ショウゾウを誘き寄せる事であり、いわば餌だ。


限られた情報から、ショウゾウの性格や行動パターンを分析してみると、光王には理解し難いある特徴が見えてくる。


捕らえられた仲間を己が身の危険を顧みずに、一人残らず救出しているが、その者たちの素性を確認してみるとそうまでする価値があるようには到底思えぬ者ばかりであった。


取るに足らぬ弱者をそうやって救おうとする人間とは、どのような人間であろうか。


利ではなく、情を優先する人間。

あるいは救いがたい偽善者か。


情報が少ない現時点において、光王は、そのいずれかであろうと予想したのである。


猛り狂った兵士たちによって引き起こされる凄惨な光景を目の当たりにして、ショウゾウが義憤に駆られ姿を現すのではないか。

この非道とも言える王命には、そういう狙いもあった。


「陛下、北地区に向かった兵たちから信じられないような報告が……」


副官として光王に帯同していた監察使ルシアンが、まるで幽霊でも見たかのような顔でやってきた。


「……どうしたというのだ」


「はい。とても、信じられない話なのですが、北地区はもぬけの殻。人の姿は皆無であるとのことです。この包囲の中、いかにして逃げたのかわかりませんが、貴重な家財などはすっかり引き上げた形跡があり、兵たちも戸惑っている様子……」


ルシアンの報告に、光王は眉根を険しくし、ヨランド・ゴディンに意見を求めるような視線を送ったが、彼もまたその答えを持ってはいなかった。

千数百人はいる北地区の住民を誰の目にも咎められずに、且つ、これほどの短時間で退避させることができる魔法などは無い。

それは、最高位の魔法使いであるヨランド・ゴディンにも不可能なことであったのだ。


すでに他の全区域のところどころから火の手が上がり、騒然とした雰囲気となる中、この北地区だけが不気味に静まり返っている。



「……やはり、この区域には何かがあるのは間違いないようだな。そして、あの怪老にはこうした芸当をする力もあるということなのだな。……いいだろう。そういうことならば、もはやここには用はない。先遣隊に使いを送れ。北地区に火を放ち、焼け野原にしろとな。我らは、これより西地区の掃討に加わり、ショウゾウが焦れてあぶり出されるのを待つ」


光王は配下の者たちにそう命じると自らは馬首を巡らし、西地区に向かおうとした。


だが、突然、その背後で複数の兵たちから悲鳴と重い何かが地面に落下したかのような衝撃音が上がり、光王はすぐに騎馬の脚を止めることになった。


いななき怯える馬を力尽くで制し、振り返ると、そこには多くの兵士が吹き飛ばされ、倒れていた。

うめき声をあげ地べたに這いつくばっている兵士たちの中心には、異形としか表現できない風貌の男が立っており、その身から禍々しい闇の気配を漂わせていた。


「おまえだちは、もうどごにもいけない。ごこでみな、しぬ」


その男は猪の頭部を思わせる被り物をしており、異常に筋肉が発達した歪な体格をしていた。

太腿のように太い腕、分厚く盛り上がった半裸の上半身。

大きな鉈のような得物を持ち、獣の毛皮を加工して作ったような、未開地の蛮族を思わせる出で立ちをしている。


「驚いたな。ショウゾウだけではなく、このような醜い化け物までこのオースレンには潜んでいたのか」


「ばけもの、ちがう。わがなは、グロア。よわきだみ、づみのないだみをぐるしめるやづはおれがゆるざない!」


「グロア……。聞いたことは無いな。だが、いずれにせよ、その狂猛なる気はノルディアスに徒為す闇の者に相違あるまい。皆の者、ショウゾウの前に、まずはこの化け物を血祭りにあげることにするぞ。かかれ、かかれい!」


光王の勇ましい号令のもと、その場で恐慌に陥りかけていた兵たちは、我に返り、獣魔グロアめがけて殺到し始めた。

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