第179話 血の改革

オースレンの封鎖が完了したとの報が入ったのは、日も傾きかけた午後のこと。


貧民街のある北地区もまた光王が自ら率いる兵三百によって包囲され、もはや掃討作戦の開始を告げる合図を待つばかりという状態であったのだが、そこに水を差すような急報がもたらされた。


「申し上げます。オースレンの領主フスターフ様が、その実弟のギヨームという男に襲われ、重傷を負われたとのこと。現在は場内で治癒術師による治療が行われているとのことで、命に別状はないとのことでございます。領主に危害を加えたギヨームは逃走中。行方をくらませたとのことでございます。領主様のこちらへの合流は遅れるとのこと」


「身内の統制すらできておらぬとは、あの若造に領主の役目はちと荷が重いようだな」


報せを受けた光王ヴィツェル十三世は、そのような些事はいちいち報告しに来るなと言わんばかりの冷めた目で伝令を馬上から見下ろし、吐き捨てた。


「自らが治める土地の領民を見殺しにせねばならぬ事態になり、グリュミオールの者たちも大きく動揺しておるのでしょう。魔法の極意を得ようと、命をなげうつような数々の厳しい修行を修めたそれがしのようなものでさえ、これから行われることを思えば、恐ろしさで身が震えます」


馬を並べて侍る大魔法院の元≪大師≫ヨランド・ゴディンが擁護の言葉を述べると、光王は面白くなさそうな目で彼を睨んだ。


「オルド以外の民の血などいくら流れようと、実際、大した問題ではない。このオースレンはかつて自らが信奉する神を裏切り、オルディン神に寝返った氏族の末裔がその見返りに与えられた土地だ。グリュミオールの祖は、オルドの女を与えられ、我が栄光の血脈の端にその名を連ねてはいるが、所詮は遠い血の、薄汚れた血族のすえにすぎない。このオースレンの民などにいたっては、我らオルドの温情で今日まで絶えずに生を繋いできたのだ。如何に扱われたとて、文句を言える立場にはなかろう」


「陛下、この身を流れる血の半分がオルドではないことをお忘れですか? 」


「はっ、はっ。そうであったな。悪気はない。許せよ。だが、これが偽らざる余の本音だ。ゆえに、余は、この一件が済んだ後にある改革を打ち出そうと考えているのだ」


「改革……でございますか?」


「そうだ。余は、増えすぎた外王族を別天地の外に放し、各領主貴族との間で婚姻を結ばせる考えであるのだ。それはかつて我らの祖がそうしたように、もう一度血の結びつきを強めるほか、オルドの血のすそ野を広げることになろう。……そうだな。今思いついたが、貴族相手と言わず、広くオルドの血を民にまで分け与えるのも良いかもしれぬ。血の融和……。そうだ、信仰にのみ頼らずとも、皆がオルドの血を引くようになれば、国の民の結束は強くなり、このように光王家に徒為す者が生まれることも無くなるのではないかな。年頃の女を皆集め、オルドの血を種付けするのだ。どうだ、ヨランド・ゴディンよ。名案だとは思わぬか?」


「陛下、それはあまりにも途方もない話。私などには到底、わかりかねます。ひとまずは、怪老ショウゾウの討伐が先、続きはそのあとでお伺いいたしましょう」


「つまらぬ奴だな。だが、そなたの言う通りだ。皆が、余に宿る≪恐ろしき者ユッグ≫の≪呼び名ケニング≫の威により、口答え一つしようとはせんが、おぬしやデルロスなど一部の者は、その影響を受けながらもその強い意志でそれに抗い、本音で物事を語る。ゆえに、お前たちを重用しておるのだが、これからもその調子で思うがまま発言せよ。余の気付かぬところを補ってくれ」


「もったいなきお言葉……」


「さあ、無駄話はこのぐらいにして、おぬしの言う通り、始めるとするか。先ほどはあのようなことを言ったが、あれは戯言ぞ。本当はこのような虐殺などしたくは無かったのだ。光王家に対する憎悪を生み、自ら国力を弱める行為なのだからな。だが、悪しき病巣は、如何なる痛みを伴っても除かねばならん。それが、現光王たる余の責務だ」


光王が馬上で右手を立てると、それを見た配下の者たちが、街中に響き渡るように銅鑼と軍笛を大いに鳴らした。


それを聞いた全兵士は戦意を高揚させようと大音声だいおんじょうの掛け声を上げ、地を強く踏み鳴らす。


にわかに街中が物々しい雰囲気に包まれ、建物の中から外の様子をうかがう民たちは不安げな表情で、オルディン神に向かって、自分たちの無事を祈り続けた。


こうして東西南北それぞれの地区に配置された部将や兵たちによりオースレン住民の大虐殺が、同時に始まることになったのである。

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