第162話 真の支配者
ショウゾウの魔人たちへの提案。
それは、ノルディアス侵攻に踏み切るべしと鼻息を荒くする魔人たちの気を逸らす狙いがあり、それと同時に各自がどこまでできる人材であるのか見極める機会とするためにショウゾウが持ち掛けたものだった。
「……競争でございますか? 」
並み居る魔人たちの困惑と疑問を代表するかのように≪火魔≫オルゾンが口を開いた。
「そうだ。お前たち魔人の中で、誰が最も儂に多くの実利をもたらせるかを競い合うのだ」
アラーニェによると、魔人たちの心の中には、従魔の契りを結び、闇の主と崇めるショウゾウに対して、その力を示し、他よりも己が重用されたいという強い思いがあるらしく、それは親を思う子のような純粋なものであるらしい。
ゆえに、その強い思いが不満となって表れているのだということだった。
功を上げる機会が与えられないもどかしさ、つらさはかつて組織に身を置いたことのあるショウゾウにも痛いほどよくわかる。
そのつらさは、やがて不満や無気力に変わり、組織全体の停滞をもたらす毒となり得るのだ。
自らの有能さを証明する場と機会。
人の上に立つ者は、望む者に、それらを提示する義務がある。
「実利……。闇の主にとっての実利とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?」
なにか興味を引いたのであろうか、≪眼魔≫ベリメールが珍しく声を発した。
口数が少なく、両目ともに眼帯で覆ったこの男は、ほとんど表情を変えることもないため、この面子の中でも一際、謎めいた存在だった。
「うむ。よく聞いてくれた。まず先日も話した通り、儂はノルディアスの侵攻を否定する立場だ。戦争はくだらん。お前たちとは全く違った話だが、儂とても戦争は何も生みだしはせぬことを身を持って体験しているからな。焼け野原となった国土を一から復興せねばならん事態を何よりも嫌っておることをまず各自に理解してほしい。儂の方もお前たちの中に、かつて自分たちが受けた敗戦の傷と儂のような余所者には計り知れぬ恩讐があることだけは理解したつもりだ。その上で、儂が望む実利とは何かを説く。まずは、無駄に財を損なわずして、その財をこちら側のものとすること。財とはすなわち、人間、物資、金銭、文化だ。そっくりそのまま、できるだけ損なわずにこちらのものとできれば望ましい。そういう意味ではアラーニェとグロアはうまくやったと儂は評価しておる」
あえて、名指しすることで競争を促す意図があった。
「儂は、引き続き、各地の迷宮を巡って、魔人たちを解放していくつもりであるが、まずはそれを円滑に行えるように、お前たちには未攻略の迷宮付近の都市にできれば足がかり的な場所を築いていってほしい。目立たず、騒がず、光王家の者たちにその存在を知られぬように、少しずつ裏から支配力を及ぼしていくのだ。まるで、夜の闇の帳が、都市を覆うように、少しずつ、そして静かにな」
「そのような回りくどい真似をしなくても、都市を占拠してしまえばよいのではないですか? それぞれの子飼いの魔物たちを
予想した通り、≪火魔≫オルゾンは不満げな顔で異を唱えた。
「お前はまだ儂の考えを理解しておらぬようだな。占拠と簡単に言うが、その都市の支配にどれだけの労力がかかるか、おぬしは考えた上で発言しておるのか? そして、都市の機能を損なわずにその支配権を奪取することがどれだけ大変なことか」
「では、いっそのこと城のみを落とし、領主の血族とそれに付き従う者たちのみを根絶やしにするというのはどうでしょうか? 住民たちは殺さなければ近くの他の都市に逃げていくだろうし、そこを受け皿にさせればいいのではないですか。被害は最小限であると考えますが……」
人格のもとになった古代人の魂が持つ生来の気質なのか、このオルゾンは激しやすく、思慮が浅い。
ショウゾウはため息をつき、そして全員をゆっくり見渡したあとで、間を空けて言った。
「善いか、皆の者。手勢を率いて土地を奪い合うような従来の考え方はこの際、捨てよ。我らが目指す勝利は、その先には無い。儂が目指すのは、このノルディアスの支配者たちの、その上に君臨する更なる支配者となることだ」
「支配者の、支配……でございますか?」
「そうだ。王だの、貴族だの、政治家だのは所詮、民を管理するための奉公人であり、中間の管理職のようなものだ。そのような面倒な役割は、どこぞの誰かに押し付けたままにしておけば善い。真の支配者とは、王侯貴族を使役し、民を富ませ、そこから生み出される価値あるものの一切を享受する者のことだ。魔人たちよ。お前たちに宿る人並外れたその分かたれし神の力は、一体何のためにある? ごく普通の人間相手に目線を同じにして相争うなどという下らぬことをするためにある力か? そうではなかろう」
何か響くものがあったのかはわからないが、いきり立っていたオルゾンをはじめ、魔人たちはいつの間にか神妙な顔つきになり、ショウゾウの言葉に聞き入っているように見えた。
「お前たち魔人が、儂と力を合わせ抗うべき敵は人間ではない。光王家を使い、このノルディアスを支配させている存在。そう、本当の敵は、未だその存在を感じさせぬオルディン神をはじめとした神々だ。人々の心に巣くうその神々を追いやり、その空いた席を我らが占めるのだ。その最終目的ともいえる状況を作りだすために、不満はあろうが、今は儂を信じて力を貸せ。お前たちが抱く無念や怒り、恨みつらみの一切を吹き飛ばすような至上の結果を見せてやるぞ」
この
そしてショウゾウたちのB級ダンジョン制覇のための旅立ちとともに、魔人たちもまた自らの役目を果たすべくそれぞれの持ち場へと向かっていったのである。
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