第六章 彷徨える神と欺かれし勝者

第160話 誰がための勝利か

光王ヴィツェル十三世が、闇の怪老を討つべく、自ら王都を発ったという報せがノルディアス王国中を駆け巡り、各地の領主貴族たちを震撼為さしめた。


ヴィツェル十三世は、最強格の魔法使いの一人と呼び声高いヨランド・ゴディンを参謀として招聘すると、その彼と百騎ばかりの選りすぐりの手勢だけを連れて、各都市の巡幸に出たのだが、どの都市をどのように巡るのかは情報が明かされておらず、それにどう対応すべきか、領主貴族たちは大いに戸惑い、慌てふためくことになった。


それもそのはず、領主貴族にとって、光王はまさしく雲の上の存在であり、自分たちの主君でありながら国を代表する行事の際などに別天地に設けられた拝謁殿の覆いの向こうにその存在を感じるのがせいぜいという存在であったから、その姿を見た者は誰一人としていなかったのである。


その光王が御身を衆目に晒し、しかも身の回りの世話をする供の者も最小限に、わずかの手勢のみを引き連れ巡幸を行うなど長い王国の歴史を紐解いても前代未聞のことであったのだ。


やってきた光王をいかに出迎え、どのようにも饗応すべきか。


そもそも、怪老ショウゾウに対して何の成果も挙げられていない自分たちが咎めを受けることは無いのか。


領主貴族たちは戦々恐々として、光王の自領への到着を待つことになった。


光王が自ら怪老討伐に出向くことになったという話は、下々の者たちにも伏せられることなく、むしろ大々的に触れ回っているような節さえあった。


その事実は、瞬く間に王都の外へと広がってゆき、そしてオースレンの裏の≪虚界ヴォダス≫にある伏魔殿に拠点を置くショウゾウたちの耳にも届いた。



「なるほどな。光王は自らを餌に、儂を誘き寄せようというのだろう。国内各地に配置した王族たちでは≪虚界ヴォダス≫に潜むこの儂を捉えきれぬとようやく悟ったようだな」


円卓の形式を採用している軍議の間で、ショウゾウは十四人の魔人たちと今回の光王側の動きについて、情報の共有と意志の統一を図るべく、話し合いの機会を設けていた。


というのも、ここにきて、ノルディアス王国に対する本格的な侵攻を開始すべきという上申が複数の者から為されてきており、さらに今回の光王の暴挙とも思える単独行動に、魔人たちは今こそ好機であると色めきたった状態に陥っていたのだ。


ショウゾウは、この状況を好ましく思っておらず、意見のすり合わせを行う必要があると考えた。


「ショウゾウ様、光王を討つ絶好の機会であると断言できます。どうかこの≪火魔≫オルゾンに御下知をくださいますよう。光王の首、闇の主の御前に献上して御覧に入れまする」


ノルディアス侵攻の急先鋒とも言えるのが、このオルゾンだった。


頭頂部の髪の毛だけを残し、それを逆立てるといった一昔前のパンクロックを思わせる奇抜な髪形のこの魔人は、ショウゾウに対しては従順かつ最大限の敬意を表しているが、その言動と考え方は、激しく、そしてとても好戦的なものだ。


「いえ、そのやぐめはごのグロアめに! 」


そしてもう一人、侵略の開始を強く望んでいるのが≪獣魔≫グロアだ。


他の魔人たちも強く主張してはいないものの、その思いは一つであるのか、ノルディアス侵攻開始に異を唱える者はおらず、内にその闘争心を秘めているように感じた。


魔人たちの人格のもととなっている古の民の魂がそうさせるのか、かつてこの地に住み、侵略者であるオルドの民たちによって討ち滅ぼされた各々の血族の恨みを晴らそうという意図がその根底にはあるようである。


「お前たちの意見のおおよそは、そこのアラーニェから聞いている。だが、儂はノルディアス侵攻を望んではいないし、どちらかと言えば興味がない」


ショウゾウの言葉に、思わずオルゾンは立ち上がり、怒りとも悲しみともとれる表情を見せた。

すぐ横の≪鳥魔≫ストロームに窘められ、慌てて席に着く。


ショウゾウは魔人たちに対して、絶対の忠誠を求める一方で、必要以上の畏まった態度を取らぬように求めていた。

この異世界の、あるいは古の民たちの時代の畏まった儀礼に囚われず思っていること、考えていることを表明する自由を与えていたのである。


「奪われたものを奪い返し、与えられた痛みを仇敵に与え返すか。世界、文明、時代は変われども、人の心の本質はそう大きくは変わらないものらしいな。だが、それを理解した上でなお、ノルディアス侵攻に儂は反対だ」


「それは何故なにゆえでございましょうか?」


オルゾンは、どうにか平静を保ちながら尋ねてきた。


「善いか。仮に、我らがノルディアスに侵攻し、大戦おおいくさののちにそれに勝利したとしよう。光王を討ち、我らがこの国の支配権を得たとして、そこに何がある?」


「仰せの意味が分かりません。光の者どもをせん滅し、父祖伝来の土地を取り戻す。恩讐の刃で敵のはらわたを抉り、その血をもって傷ついた大地を癒す。その何がいけないのですか? 闇の主が、新たなる王、新たなる神としてすべてを睥睨し、このノルディアスから失われた巨神ノートゥンの闇を再び地上にもたらす。素晴らしいことではないですか?」


「下らんことを言うな。お前たちの理想と復讐を実現させるための戦いで、新たに傷つく者たちが大勢出るとは思い至らんのか? 戦火で国内は荒廃し、無駄に多くの命が失われる。人命はすなわち人財。人の形をしたれっきとした国や社会の財産だ。その人命の使いどころには何がしらかの意味が伴わねばならん。儂は人を殺すことに躊躇いは無いが、その財が無駄に浪費されることは愚かなことだと考えておる。それに考えてもみよ。疲弊した国土、失われた多くの人材と社会基盤。完全にマイナスのスタートではないか。今積みあがってる多くの富を損なうことなく、根こそぎそれを頂く。プラスからの出発で、さらに上積みを目指す。この方がよっぽど建設的な考えだと思わんか?」


「し、しかし、そのような都合のいい話など存在するものでしょうか? 戦無くして、そのような結果をもたらせるなど……。それに、いずれにせよ、あの光王は、闇の主にとっても邪魔な存在ではないのですか?」


「光王が邪魔じゃと? これまた珍妙なことを言い出すものだな。光王など放っておけば善い。自らを餌に儂を誘き寄せるなど、見方を変えれば万策尽きたと自ら白状しておるようなもの。しかしながら、ああして無防備にわが身を晒しておるところをみれば、戦いになればそれなりの勝算があると考えているのは明白。それなりの備えや罠、あるいは光王自体が何か切り札のようなものを持っているか。いずれにせよ、無視するのが得策。ああして、王都からわざわざ出張ってきたとて、あの光王だけでこの広大なノルディアスの地全体を守り切ることなどできるわけもない。いいか、皆の者もよく聞け。光王側は、すでに打つ手なし。戦略的に見ても、詰んでおるのだ。わざわざ危険を冒して、連中の思惑に乗ってやる必要はない。我らの勝利はもうすでに決まったようなもの。あとは、この地にあるすべてを損なうことなく、我らのものとする算段のみをすれば良い」


ショウゾウの考えを聞き、さすがの魔人たちも何かしら響くものがあったのか、反論の声は出なかった。

各々、考え込むような様子を見せている。


だが、持論を展開した当人であるショウゾウは、ふとある疑念が心の中で芽生えたことに気が付いてしまった。


あまりにも順調すぎる。


まるで勝利することが前提であり、そこから逆算して筋書きを描いているようなある種の出来レースのような意図をこの状況に感じる。


この魔人たちの人知を超えた力に、魔物の大軍勢。


長く続いた盤石の支配体制の中で、安寧にうつつを抜かし、備えを怠ったまま、弱体化の一途をたどっているかに見える光王家をはじめとした≪光≫の勢力。


まるで、ノルディアス王国を終焉に導くべく、何者かによって天地人の利が整えられているかのようだ。


圧倒的な僥倖。

たまたま得られたこの状況がひどく恵まれすぎているということも当然ある。


だが、このように順調すぎるほど事がうまく運ぶときには、おのれが浮かれている裏で筋書きを操っている者がいることが往々にしてあるものだ。


かつて闇のフィクサーとして、元の世界の裏で暗躍し、政財界を思うがままに動かしていた自分ゆえのただの勘繰りである可能性もあるが、いずれにせよ、用心することに越したことはないとショウゾウは改めて、おのれを戒めた。


勝利そのものが重要なのではない。


肝心なのは、がための勝利かという点なのだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る