第158話 異例の謁見

特別の許可と手続きさえあれば、庶民でも出入りすることは可能な別天地と異なり、王都ゼデルヘイムの中央に聳え立つ王城は、光王家に連なる王族であると認められた者しか立ち入ることのできないまさに不可侵の場所である。

王城で働く者たちは、侍女や使用人のような役割の者でさえ、現国王の直系ではない別天地の外王家そとおうけからやってきた者たちで、王族ではない者がこの城に足を踏み入れることは、たとえ外国の王室の者であっても前例がない。


自国の王族以外のすべてを拒む城。


この王城はそうした他の国の文化ではおおよそありえない慣習を未だ頑なに守り続けている場所であるのだが、築城から九百年以上続くその習わしが、現国王であるヴィツェル十三世の命によって突如、破られることになった。


それは宮廷の者たちを大いに驚かすことになり、同時に今、別天地の外の世界を騒がせている怪老ショウゾウなる存在が、光王家にとって深刻にならざるを得ない未曽有の脅威であることの証明であったのだ。


大魔法院の長にして、そこに所属する魔法使いの頂点に立つ、≪大師≫ヨランド・ゴディンの王城への登城命令。


ヴィツェル十三世は、並みいる群臣の懸念など意にも介さず、ヨランド・ゴディンの王城への召喚を強行し、そしてその至高の玉座の間にて、両者は相対することになったのである。




召喚状を受け取ったヨランド・ゴディンは、その内容にわが目を疑いつつも、高弟たちに後事をすべて託して一人、王城に向かった。

気性が荒いと伝え聞く現国王の、異例中の異例ともいえるこの急な呼び出し。


おそらくは、怪老ショウゾウを取り逃がしたことに対する咎めを受けるのだ。

ヨランド・ゴディンはそう理解し、死を覚悟して登城した。


王城の守護騎士たちに囲まれ、別天地の門をくぐり、王族たちの館や種々の公館などが建ち並ぶ、整然たる区画をいくつも抜けてようやく、天を摩するかと思われるような王城にたどり着いた。


初めて足を踏み入れる王城の内部は、高品質かつ高純度の≪照明石≫による光が満ち、もうすぐ千年にも至ろうという歴史の重みが否が応でも感じられる独特の重苦しい雰囲気があった。

オルディン神への信仰と畏れが滲み出た重厚かつ荘厳なこの建造物の意匠は、ヨランド・ゴディンをして身を強張らせてしまうほどの異様な圧を放っているようであった。


案内され、通された玉座の間は、広く、はるか先のヴィツェル十三世の顔がはっきりとは見えぬほどであったが、両脇を守護騎士に抱えられ、その眼前に引き出されると、まるで罪人か捕虜であるかの様に、跪かされた。


見上げるとそこには玉座に深く腰を下ろした老いた王の姿があった。


王族の証たる白銀色の髪は色素を失い白く、眉間や顔中に深いしわが刻まれていた。

その体躯は堂々たるものであったが、齢八十半ばになるヨランド・ゴディンをして、随分と老けた印象を与えるのは目の下の血色の悪さゆえであろうか。


いずれにせよ、これが光王。

大陸最強国と言われるノルディアス王国の現国王かとヨランド・ゴディンは己が網膜にその姿を焼き付けた。


その姿は思い描いていたようでもあるし、そうではないような気もする。


死出への良い土産話ができたとヨランド・ゴディンは妙にさっぱりした気分になり、先ほどまで抱えていた重々しい気分はどこかに去ったのを感じた。


遠くから見上げることしかできなかった王城。

人生を終えるにはこれ以上ない場所である。


「その方が、大魔法院の長、ヨランド・ゴディンで間違いはないか?」


「はい、陛下。御尊顔を拝し、恐悦至極。もはや、この世に何の未練もございません。如何なる御沙汰も喜んで受ける所存にございますれば……」


「沙汰とは何か? その方を呼んだのはそのような理由ではない。ヨランド・ゴディンを自由にしてやれ。お前たちはもう下がってもよい」


ヴィツェル十三世の命令に、騎士たちは微かに何か言いたげであったが、命じられた通り、ヨランド・ゴディンを解放すると玉座の間から去っていった。


ふと気が付いたのだが、この場には護衛の騎士はおろか、傍仕えの者の姿などもなく、光王ただ一人であった。


杖は取り上げられてしまっているが、魔法を使用することは可能だ。

控えの間には多くの騎士や配下の者たちがいたが、二人きりとも言えるこの状況はあまりにも不用心ではないか。


確かに光王からは、大きな≪光の魔力マナ≫を感じるが、その総量は自分とさほど差がない。

丸腰の状態ならば、魔法使いとして力量はおそらく自分の方が上であろうし、もしおのれに叛意があったなら、光王にとっては、とても危険な状況であると思われた。


「ヨランド・ゴディン、いや大師と呼ぶべきか……」


「いえ、畏れ多く、大師などとは……」


ヨランド・ゴディンはひどく混乱していた。

この状況に、光王の意図が全く読めず、戸惑うばかりであった。


そして、気が付くと背にはびっしょりと汗をかいており、全身が委縮してしまっていた。

理由はわからないが、光王の身に秘めた何かに、本能が恐れを抱いているのを感じる。


「そうか。では、ヨランド・ゴディンよ。しばし、余と話をしよう。余は外の世界の者と久しく口をきいていない。お前に会うのを心から楽しみにしていたぞ」


どういうことか。

古からの禁忌を破り、王族外の者を王城に招き入れた挙句に、話とは……。


「話でございますか?」


「そうだ。あの闇の怪老と渡り合い、永らえたそなたの生きた言葉を直にこの耳で聞きたかったのだ。そのまなこで見たのであろう? そのショウゾウを……」


「はい。見た目はどうということもない、ただの老人でございました。異国の者と思われますが、おそらくはそれがしとさほど歳の差は無いかと思われました。しかし、その身のこなしは力強く、機敏で、おおよそ常人のものではありませんでした」


「ただの老人……。その老人にいまや余の治世は大きく揺るがされている。王に、その血を繋ぐための伴侶を差し出すためだけに存在している外王家の者であったとはいえ、王族ばかりが二十八名。ことごとくその命を奪われた」


「それは、わが力なき故の……、返す言葉もありませぬ」


「失われた命そのものはさほど問題ではない。子は枝葉。親が生きておればいくらでも生ませ、増やすことができる。だが、光王家の権威についた傷はそうはいかぬ。たとえその傷が、どれほど小さなものであっても、その綻びはやがて大きな亀裂となり千年の王国の牙城を崩す原因となり得るのだ。大事なのは、逆らう者、従わぬ者の存在を許さぬこと。光王家に徒為あだなす者が、その報いを受けず、生きて存在を続けていること、そのこと自体が問題であるのだ」


光王は玉座にありながら、怒りも悲しみも浮かんでいない冷めた目で、淡々と語り続けた。


「余に尻を叩かれた宰相のデュモルティエと大将軍のデルロスは、別天地の王族を猟犬に使うが如し、苦肉の策を打ち出したようだが、未だその成果は出ず、むしろ此度の醜態を晒す要因となった。ヨランド・ゴディン、お前はデュモルティエらのこの方策、いかに考えておるか?」


「恐れながら、申し上げます。王族の方々の訓練と各地方への魔法使いの派遣を命じられた大魔法院の長としてではなく、ヨランド・ゴディン個人の考えとしてお聞きください。某は、この場に召し出される前に、一番弟子であったものに大魔法院の長たる地位を引き継いでまいりましたゆえ、今は一介の魔法使い……」


「前書きはよい。大魔法院に責めを負わせようなどとは余は考えておらん。忌憚なく申せ」


「では……、率直な私の考えを。光王様、ときに軍棋ぐんぎという駒遊びはご存じでしょうか?」


「無論、知っておる。軍棋ぐんぎは兵を率いる者の嗜みの一つ。外征に赴き、幾多の戦場を渡り歩いた余が、知らぬと思うたか」


「これは失礼を。では、その軍棋ぐんぎに例えて、私の考えを説明させていただきましょう。軍棋とは、ご存じの通り、互いに二十四個ずつの駒を盤上に配し、相手の王駒を取り合う遊戯でございますが、今の状況を軍棋に置き換えた場合、怪老を捕まえるべく各地に赴いて行ったデルロス大将軍ら王族の方々を、光王様の側の配置された駒であるとしましょう。ここで光王様に問います。光王様が対戦している相手の駒の布陣はどうなっておりますか? 」


「……わからんな。何が言いたい?」


光王は身を乗り出し、苛立った様子を滲ませた。



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