第157話 動乱の火種

怪老ショウゾウの脅威、再び王都に現る。


前古未曽有ぜんこみぞうの大雨が降り注ぐ中、オルディン大神殿及び司王院で起こった惨劇から一夜明けて、王都の人々の間ではその話題で持ちきりとなっていた。


昨夜降った大雨の影響で、王都の各所では浸水による様々な被害が発生し、都市を流れる増水した川や水路などに転落したと思われる多数の行方不明者なども多く出たのではあるが、そういった悲惨な状況であることを忘れてしまうほどに、怪老ショウゾウの事件は大きな衝撃を人々に与えた。

ノルディアス王国に君臨する光王家の一族の者が、それも一夜にして二十八人も殺されるなどということが起こりうると考えた者は誰もおらず、もう一つの惨劇の場となった司王院にしても、王都のまつりごとを一手に取り仕切る権力の象徴の一つともいうべき場所であったため、そうなってしまうのも仕方のないことであったのかもしれない。


「殺された王族のほとんどはまだほんの子供であったらしい。建物ごと火にかけられて、骨も残っていなかったのだというから、怪老ショウゾウというのは本当に血も涙もない怪物なのだな」


「まったくだ。司王院の方も、そっちの事件の応援に駆け付けた衛兵以外はみんな斬り殺されてしまったらしいぞ」


「うへぇ、おっかねえ。こいつはとんだ殺人鬼だな。まだ、その辺に隠れているんじゃねえのか? 地下牢の囚人たちもみんな逃げちまったっていうし、戸締り気を付けねえとな」


「おいおい、ちょっと待て。光王家の連中、また、その怪老を取り逃がしたのか? 」


「ああ、捕まったって話は聞かないな。王都中に神殿騎士や衛兵の姿が多いし、何よりあの殺伐とした様子だと、まだ逃亡中だと考えるのが自然じゃないかな」


「なるほどな。確かに捕まったら、見せしめに相当の厳罰が処されるだろうし、さらし首は間違いないものな」


「さらし首か……。一体どんな顔してるんだろうな。手配書の似顔絵通りなら、ただの爺さんなんだろうが、そんな爺さんがよくもまあこんな大それた事件を起こして、捕まらずにいるものだな」


「本当にな。見方を変えればそのショウゾウというのは大した年寄りじゃないかという気さえしてきたな。普段威張り散らしてる神殿騎士だの司王府の役人だのが手に負えないっていうんだから、少し痛快な気もする」


「しっ!その神殿騎士たちが来たぞ。その話はここまでにしよう」


このように市井の人々の口に戸は立てられず、王都中でこうした会話が交わされ、それらはやがて噂となって、王都外の国中全体に広まっていくことになる。


そして、もうすでに知れ渡った怪老ショウゾウの名の持つ恐ろしさが一層高まる一方で、光王家の支配に対して少なからず不満を抱えていた領主貴族や各地に潜む反体制的な立場や思想を持つ人々には、久々の快事として受け取られたようだった。


絶対的な支配者であると思われていた光王家の権力に、ただ一人立ち向かうアンチヒーロー。


そういう捉え方をする者たちが少なからず出始めたのである。


また、若かりし頃の光王ヴィツェル十三世によって幾度か行われた外征によって、その領土を奪われた周辺諸国もまたこの怪老ショウゾウの事件を知ることとなり、やがてその動向を注視していくこととなる。


長い歴史の中で、これまでは如何なる謀反や内乱も許してこなかった光王家に単身で逆らい、今もまだ無事でいる者。


それは、強大国であるノルディアスの盤石と思われていた光王家支配に入った小さからぬ亀裂であり、怪老ショウゾウの存在は、今や国の内外に変化と血の動乱を引き起こしかねない火種となりつつあったのである。








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