第156話 闇は集う、主の下へ

気力が溢れ、頭が冴えわたり、全身に活力が行き渡っているのを感じる。


おお、かいなりだ。


昨日までの自分が一度死に、新たに生まれ変わったかのような爽快な目覚め。


なにか妙な夢を見た気がしたが、内容はほとんど忘れてしまった。

ビレイグと名乗る老人が出てきたと思ったが、それもどうであったか。

まあ、所詮はただの夢。どうでもいいことだ。


ほぼ丸一日、寝台の毛布にくるまり、眠り続けたショウゾウは、サイドテーブルの上の水差しの水を杯に注いで、一気にそれを流し込むと大きな息を吐き、全身の覚醒を促そうとした。

そして、鏡の前に行き、若返った二十五歳当時の自分の顔をまじまじと見つめると、そういえば今はメルクスであったなと思わず苦笑いした。




アラーニェが付けてくれている侍女が、新たな衣類と履物を持ってきてくれたので、手伝ってもらいながら身支度を済ませ、食事をゆっくり楽しんだ後で、ようやくメルクスは伏魔殿ふくまでんにある王の間に向かった。


黒を基調とした上等な生地に、派手すぎない上品な刺繍が施された服を身に着けたメルクスは、それこそ若き貴人のような容姿ながらも、これから向かう玉座にふさわしい威厳と貫録をその身から漂わせていた。


一体いつからそうしていたのかわからないが、王の間にはすでに≪魔人≫たちが参集しており、玉座の前に跪き、主の到着を待っていた。


初めてこの場所に来たときはアラーニェとグロアの二人だけであったのが、新たに迷宮から解放された≪魔人≫の数を加えると十を優に超える。


老若男女。

身なりも、風貌もさまざまであるが、中には一見して普通の人間ではないとわかる者もいて、こうして並ぶ様は、なかなかに異様なものであると言わざるを得なかった。


ショウゾウは、左右に分かれてはべる≪魔人≫たちを意図的に一顧だにせず、その間を通り、玉座に腰を下ろした。


「お前たちは、こういう形式ばった振る舞いが本当に好きなのだな」


メルクスはあきれたようにそう言うと、象牙のような材質でできたひじ掛けに頬杖を突き、アラーニェの方を見た。


「馳せ参じたばかりで、≪従魔じゅうまの儀≫も未だ済ませていない者もおりますので、それが滞りなく行われるまでは、どうかお付き合いくださいますよう。私共の人格のもとになっている≪古き民≫の魂はこうした儀礼を重んじる民のものであったため、それを省くわけには参らぬのです」


「ああ、わかった。お前の言う通りにしよう。だが、この場所を使うのは、今後、あくまでもそうした式典セレモニー用に限定してくれ。話し合いをしようにもこのような高い場所からでは、やりにくくてかなわん。俺は、同じ目線で、忌憚のない意見をお前たちから聞きたいのだ。このような位置関係では有用な意見など出てくるはずもない」




メルクスは、迷宮から解放して以来の再会となる≪魔人≫たちの一人一人と≪従魔じゅうまの儀≫を交わし、眷顧隷属けんこれいぞくを認める言質げんちを与えた。


これで、眷属に加えた≪魔人≫は全部で、十四人。


これから詳細を把握する必要はあるが、それぞれの≪魔人≫たちが従えている魔物を頭数に入れれば、おそらく千は超える勢力になっていよう。


エリエン救出などに忙しくしていたこともあり、正直言って≪魔人≫たちそれぞれの為人ひととなりや個性、能力などはアラーニェの報告でさっと聞き流していた程度だ。


グロアやアラーニェ、そしてアンジェルもそうだったが、メルクスが得体の知れぬ≪魔人≫たちを、有用の者かどうか確かめもせずに、こうして二つ返事で眷属に加えているのには理由があった。


≪魔人≫は強く、人間を超越した力を持っているが、それゆえに、野放しにしていては、描く先の計画に支障をきたす恐れがある。

従魔じゅうまの儀≫によって、その眷属となった≪魔人≫は、あるじであるメルクスの支配下に入り、その命に背くことを何よりも嫌うようになるらしいので、その儀式の効果を持って、その行動にある程度、制限をかける狙いがあった。


現世において不自然かつ不安定な≪魔人≫たちは、従魔となることでメルクスの魂と繋がり、それを拠り所とすることによってのみ、心の平穏と安定、そして至福の喜びを得ることができる。

一度得たそれらを手放すことは、まさしく煉獄で永遠に身を焼かれるがごとき苦しみであることを本能的に理解しており、ゆえにメルクスに叛意を抱くことなどありえないのだとアラーニェやグロアから聞いた。


「アラーニェ、この場にはシメオンの姿は無いようだな」


シメオンというのは、D級ダンジョン「悪神の問い」から解き放った≪石魔≫を名乗る≪魔人≫だ。

当時は、主人あるじ足りえる資格無しと見做されて、眷属にできなかった。


「あの石頭であれば、今もあの廃れ、寂れたヨールガンドゥにおりましょう。内心では馳せ参じたく思っていることでしょうが、一度従属を拒んだ手前、手土産無しでは顔を出せぬとでも考えているのではないでしょうか。お望みであれば使いを遣りますが、いかがいたしますか?」


アラーニェはくすりと笑い、少し意地悪な笑みをその妖艶な唇で形作った。


「いや、それはやめておこう。何やらせっせと石像作りに励んでおったようだが、あれにも何か意味があるのやもしれんし、あのヨールガンドゥを出て悪さするような者にも見えなかったからな」


シメオンの動向も気にならないではなかったが、まずはこの場にいる者たちの個性を早く把握せねばな。


メルクスはそこにいる≪魔人≫たちの顔ぶれを今一度、確認するように眺め、アラーニェから聞いていた事前情報を思い返した。


眷属に加えた順に。


獣魔グロア。

猪の頭部を模した仮面のようなものを常に被る筋骨隆々たる戦士。

≪獣魔化≫の力を宿し、異形の怪物のような姿になることで人知を超えた膂力を発揮する。

メルクスも習得を目指しているところだが、≪魔力マナ≫を自らの膂力に変換する命魔法の応用的使用法を体得している。


蟲魔ちゅうま≫アラーニェ。

どこか愁いを感じさせる謎めいた雰囲気の美しい淑女。

メルクスと同じ、黒い髪と黒い瞳を持つがその顔立ちはやはり日本人のそれとは大きく異なる。

≪営巣≫の力を宿し、現世または≪虚界ヴォダス≫に特殊な空間からなる拠点を出現させることができる。

他にも自身の分身でもあるらしい使い魔の黒蜘蛛を使った様々な術を使うことができたり、魔法や呪術と呼ばれる特殊な≪魔力マナ≫の使用法にも造詣が深い。


≪水魔≫アンジェル。

見た目は十歳ぐらいの愛らしい少女。

エリックによれば表裏があるらしく、メルクスが見てない場所ではとても乱暴な性格らしい。

≪魔人≫としての力は、≪利水≫で失われた水魔法との併用で広域に大量の雨を降らせたりできるなど、水を自由自在に操ることを得意とする。


ここから先は、まだ付き合いが浅く、為人ひととなりを把握できていない≪魔人≫たちだ。


≪音魔≫アモット。

白皙の青年で、優男という感じだ。

音操おんそう≫という力を持っているらしいが、具体的にそれがどう役立つのかはまだよくわからない。後で実演してもらうことにするか。


≪火魔≫オルゾン。

毛量が少ない奇抜なモヒカン頭の男で、≪火種≫という力の持ち主らしい。

兄貴分の存在に≪炎魔≫アルヴェーン という≪魔人≫がいるらしいのだが、そうなるとただの下位互換の能力になってしまうのだろうか?


家魔やま≫アニカ。

どこにでもいそうな、温和そうで、小柄な老婆姿。

宿す力は≪家主いえぬし≫で、アラーニェの≪営巣≫に少し似た能力であるらしいが、その用途は暗殺や戦闘向きであるらしく、これも詳しい説明が必要だった。


≪鳥魔≫ストローム。

手足が長く、細身の男。

目が細く、遠目には目を閉じているように見えるが、とても視力が良いらしい。

鳥神ちょうしん≫の力で、鳥類に変身したり、鳥と人の両方の力を高めた≪魔鳥人まちょうじん≫の姿にもなれるそうだ。


≪眼魔≫ベリメール。

暗灰色のローブ姿のどこか影がある男。

常にフードを目深に被っており、その下の顔もまた両目とも眼帯で隠されている。

≪魔眼≫という力を持っているらしい。


≪緑魔≫シンニルド。

物静かそうな娘。

容姿は美しいが、着飾ったりすることもなく、地味な印象で、見た目には、十七、八ぐらいに見える。

万緑ばんりょく≫の力で、植物を操ったり、その生育を自在にコントロールしたりできるらしい。


喰魔しょくま≫アンドレ。

無表情な大男。

悪食あくじき≫の力で、ありとあらゆるものを食べて消化することができるらしい。


鍛魔たんま≫マルク。

背は低いが、脚の様に太い腕、丸く盛り上がった背をしている。

ひげを蓄え、顔つきは険しい。

≪鍛冶神≫の力で、神懸かり的な種々の金属製器物を製作することができるらしい。


盗魔とうま≫マテウス。

引き締まりすらりとした体つき。

シニカルな笑みを浮かべ、厭世観漂うような冷めた目をしているが、容姿は優れている。

この世で盗めない物は無いと豪語しているらしく、≪盗神技とうしんぎ≫という力を宿しているらしい。


病魔びょうま≫イェーオリ。

青黒い血管が浮き出た皮膚、血走り、瞳孔が開いたような目。

白いローブに身を包み、いつも少し震えている。

≪病原≫という力を宿しているようで、その力についてアラーニェも詳しくは知らないらしい。


≪剣魔≫ミュルダール。

長い銀髪を後ろでまとめ、灰色の長衣を身に纏っている。

まだ若そうな見た目だが眼光は鋭く、ただ者ではないと感じさせる風貌。

≪剣鬼≫という力を宿し、その名の通り、剣の達人であるらしい。

手ほどきを受けられれば、ほとんど我流で粗雑な自分の剣の腕前も、もう少しはましになるだろうかと少し期待している。



一癖も二癖もある人材たちを目の当たりにし、これからどう用いていこうか考えると楽しくなってくるのは、コンサルタント業をしていた頃の職業病であろうかとメルクスは、それを表に出さぬように内心で自嘲していた。



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