第155話 闇と光の邂逅

睡眠というものは、やはり疲労回復のためだけにあるものではないようだ。


眠りにつく前、ショウゾウは、おのれの肉体にはいささかの疲労も感じてはいなかった。

スキル≪オールドマン≫によって蓄えられた膨大な精気エナジーは、身に負った負傷や疲労を即座に癒し、細胞の老化をも完全に防いでしまう。

二十五歳時点のショウゾウにとって最も充実し、完成された肉体の状態を常に維持できているのだ。


そうであるにも関わらずこの日のショウゾウは、太陽が沈んで、夜が深まる頃になっても目を覚まさなかった。



おそらく夢の中であると思う。


ショウゾウは、多くの白く淡い光の玉が浮かぶ場所をひとり歩いていた。


その光の玉は、近づくと人の形になり、ショウゾウに向かって何かを必死に訴えかけるような仕草をした後に、その身に吸い込まれていくのだが、それが何を意味しているのかはまったくわからない。


光の玉を吸収する都度、ショウゾウの体は火照り、活力が漲って、言い表しようのない充足感と多幸感を得ることができるのだが、それが続くと、やがてどうにも不快に感じられるようになっていった。


晩年期に好物だった天ぷらをつい食べ過ぎてしまい、胸やけを起こした時のようなムカムカとした感じ。


天ぷらであれば、吐き出せばすっきりするのであろうが、体に吸い込まれていく光の玉はそうはいかず、不快さは増すばかりだ。

体内の光の玉とショウゾウは、もはや分かちがたく、一心同体になってしまっているため、その不快さを耐え、それに慣れるのを待つほかは無い。


すべての光の玉を吸いきったショウゾウは、うずくまり、瞳を閉じてしばらくじっとしていた。



どれだけの時間、そうしていたのか。


気が付くとショウゾウは、見知らぬ森の清らかなる泉のほとりにいた。


その泉のほとりには切り株が一つあって、そこには見知らぬ老人が座ってこちらを見ていた。


いや、知らぬと思っていたが、その風貌によく似た存在をショウゾウはなぜか知っている気がした。


どこで見たのであったかな?


その老人は左目が無く、長い髭を蓄えており、つばの広い帽子を被っていた。

まるで生き物のように揺れ動く長い槍を抱え、それを杖代わりにして寄りかかっている。


「汝は、何者か?」


片目の老人が、若返った青年姿のショウゾウに問いかけてきた。


「そちらこそ、何者だ? 人に名を尋ねる前に、まず己から名乗るのが礼儀であろう」


ショウゾウがそのように返すと、片目の老人は愉快でたまらぬといった感じで笑った。


「ハハッ、これは威勢の良い若者だな。我は≪片眼を欠く者ビレイグ≫。他にも百の異名を持っておるが、近しいものはみな、我をそう呼ぶ」


「儂はショウゾウ。不破昭三ふわしょうぞうだ」


「ふむ、変わった名だな。だが、なかなかに良い面構えをしている」


ビレイグと名乗った老人はその長い髭を撫でながら、隻眼を細めた。


「……ここは一体どこなのだ。儂はおそらく夢を見ていたのだと思ったが、突然このような見知らぬ森に来た。あの泉の向こうにある途方もない巨木。まるで天を貫くかのようだが、このような風景は儂の記憶にない」


「それは、そうだろう。あの巨木はユッグドラシル。宇宙樹とも世界樹ともよばれる大樹の苗木だ。ここは我の夢。なんじは束の間、転寝うたたねに視た夢にやってきた客人にすぎない」


「お前の夢だと? それはおかしいな。これは儂の夢であったはずだ」


「そうとも。とても不思議なことが起こった。そこが如何なる世界で、どこに存在しているのかはわからぬが、きっとこのイルヴァースの世界のどこかではあるのだろう。その、よくわからぬ場所にいる汝の夢と我の夢がこの一瞬、つながり、そしてこの奇妙な邂逅をもたらしたようだ」


「夢が繋がる……」


「そうだ。おそらく、汝は我の血統。≪光≫を継ぐ者のすえなのだろう。色々と混ざり合っているようだが、汝からは、とてつもなく強い≪光≫を感じる。その強すぎる≪光≫が我となれとを偶然にも夢で引き合わせたのやもしれんな。このようなことは永き時を生きる我をして、初めてのこと。巫女姫ふじょきでさえ、我が送った心象の一端から、かろうじてその意を推し量ることしかできぬものを、夢の中とはいえ、神である我と直に会い、言葉を交わす人間などついぞ現れたためしなどなかった」


神だと?

馬鹿馬鹿しい。

やはり、これは荒唐無稽でくだらない夢のようだ。

王族どもから奪った精気とともに、この身に取り込んだ≪光≫の≪魔力マナ≫が悪さしているに違いない。


「ビレイグよ。お前は妙なことばかりを言うのだな。儂がお前の血統であるはずが無かろう。お前はやはり珍妙な儂の夢に現れた架空の存在であるようだな。言ってることがあべこべだぞ」


「……奇妙だな。其方そなたが言う通り、その身からは渾然たる強い≪光≫を感じるが、血のえにしは感じない。これはどういうことであろうか? 世界の反対側に置いてきたオルドに、今、何が起こっている? 」


ビレイグの顔に困惑が広がり、目深に被ったつば広の帽子の下の隻眼が、鋭く光ったような気がした。


何か、自分を見定められているような心地がして、ショウゾウは思わず身構えた。


「なんとしたことか。 お前の中の清浄たるオルドの≪光≫が昏く陰っていくのを感じるぞ。光をも呑み込む、混沌たる原初の闇。それがお前の本質というわけか。答えよ、ショウゾウ。お前は何者か? 」


ビレイグが切り株から立ち上がり、不気味に蠢く動く槍先をこちらに向けた。


夢の中であったはずが、まるでこのビレイグが実在しているかのように感じられて来た。


もし、相手が攻撃をしてくる気であるのなら、備えなければ。

ショウゾウはそう思ったのだが、どうにも動きがおぼつかなく、なにか思考にもやがかかったような状態になって、周囲の背景が滲み始めた。


そして少しずつ、引力のような不思議な力によって、どこかに引っ張っていかれるような感じがした。


ビレイグもまたどこか様子がおかしく、眩暈でもおこしたのか、よろけて再び切り株に腰を下ろしてしまった。


徐々にビレイグの姿が遠ざかっていき、深淵なる闇が周囲を覆い始めた。


そして最後に、消えゆく意識の中でショウゾウは、ビレイグの寝言のようなつぶやきを聞いた気がした。


「……そうか。あやつこそが、予知に現れた不吉なる影。このイルヴァースに零れ落ちた一滴の闇……招かれざる災いの根源……新たなる闇の……」





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